・Memory07(ゆうひ視点)
思い出したかのように腸内が活動を開始する。動いているのが良く分かる。おかげで何度も何度もトイレに呼ばれ、戻って来たばかりだと言うのにトイレに行きたくなった。横になる隙さえくれない。足が妙にジリジリイライラして居ても立っていられない。それなのに、頭は眠くてたまらない。
痛み止めを入れてもらったけれど、ガスでお腹の張る痛みだからか出さなければ痛みが止まず、欲しい効果は得られなかった。
眠くなる薬も試したけれど、足のイライラで眠れずベッドの上でのたうち回った。
やっと眠れた、というよりは意識が落ちたのは三時頃で、翌日は睡魔に襲われ日中あまり歩けなかった。
その日の晩は昨晩に比べれば大した事は無かったが、やはり足がイライラしてトイレに何度も呼ばれた。けれど昨晩よりは眠れたように思う。
この麻薬が取れて腸が動き始めた事で、幸か不幸かイレウスを回避する事が出来たのだった。
(これでもう、恐いものは無いはずだ!)
後はトントン拍子に食事が始まって、内科的治療を開始して退院。
そう楽観視していたら、まだ落とし穴があった。
栄養剤エレンタールが五日程続き、ついに食事がスタートしたその日、事件は起きた。
数ヶ月ぶりの食事。しかも五分粥スタート。待ちに待っていた僕は、調子に乗って全部食べ切ってしまった。
すると、三時間後、腹痛に襲われトイレへと駆け込む。言葉に出来ない程痛い。痛み止めをお願いし、少しは和らいだものの、何度もトイレへと呼ばれた。
夕方様子を見に来た先生に腹痛を訴えたが、最初は腹痛あるかもね、で終わった。
その日の晩ご飯は喉を通らず、全部残してしまった。
翌日の朝、まだ痛みに苦しんでいると、先生が食事をストップさせた。
そうして今、僕は再び崖っぷちへと追いやられている。
「小腸造影をして流れをみようと思う。いい?」
外科医の言葉に、僕は頷く他無かった。
食べてあれだけ激痛だったのだ。術後だから尚さら怖くもなる。
けれど、だからと言って造影剤を飲めるかと言えば、飲めやしないのだけど。
「バリウムですか?」
「いや。今回はガストロフィンって言って腸から漏れたとしても大丈夫なやつだよ」
(ガストロフィン……また新しいのが出て来た……。バリウムより飲みやすいといいんだけど)
そしてついに迎えた小腸造影の日。僕は新たな強敵に立ち向かう事となる。
茶色い瓶ごと渡されたそれだ。
ガストロフィン。どうやら百ミリリットルらしい。バリウムは百飲めたのだからいけるはずだ。
僕は深呼吸をしてストローでそれを飲んだ。咽た。
「げほっごほっ……うぇっ」
(待て待て待て!!え、バリウムよりツライんですが!?)
ニッケ類が大丈夫な人ならグイグイ飲めるのかもしれないが、苦い。
「それ飲まないと検査できないから」
(分かってます!!)
そう分かりきった事を言わないでもらいたい。
(分かっていてもサクッと出来る事と出来ない事が世の中にはあるんだよ!!)
と、声を大にして言いたい。叫び散らしたい。
僕は地道にそれを咽ながらも飲み進めた。ようやく九十程飲めた頃、医者がそろそろ診てみようかと声をかけてくれた。
(助かった……!!)
台に乗り、検査が開始する。言われた通りに右を向いたり正面を向いたりを繰り返した。
「胃で止まってるね……。ガストロフィン、もう少し飲めそう?」
(鬼だ!!)
「頑張り、ます……」
渋々手渡された茶瓶のストローを加える。やっぱり咽た。
そんな僕を見兼ねてか、医者が困った顔をして言う。
「ちょっと廊下歩くか、右を下にして外のソファで横になっててくれる?」
「……はい」
僕は廊下に出てひたすら歩いた。
その間に待っていた患者さんが呼ばれ、二十分程で退室して行った。
(僕に時間かかり過ぎて、患者さんめちゃめちゃ待ってる……)
その光景に申し訳なさと言い知れぬプレッシャーを感じた。
「朝雛さーん。戻って来て!」
医者に呼ばれて戻れば、今度はスムーズに診てもらえて、サクッと終わった。
「流れいいよ。むしろ速いくらい」
「良かったです……」
良いのか悪いのかちっとも分からなかったけど、何となく口をついて言葉が出た。
こうして無事に小腸造影が終わった結果、あの激痛の原因は食べ過ぎという結論に至る。
「明日からまたご飯出すけど、全部食べなくていいからね」
「……はい。気を付けます」
(つまり、原因は僕じゃん!!)
食べ過ぎさえしなければ、あんな苦痛な検査を受けずに済んだのかと思うと過去の自分を一発殴ってやりたくなった。
こうして僕は、翌日出された食事を腹八分目に抑えた事で腹痛は起きず、順調に七分粥、軟飯と進む事が出来た。
術後の経過も良く、新しく免疫抑制剤を使い、なんとか退院まで漕ぎ着けたのだった。季節は秋を迎え、十月になっていた。
そうして僕は知る事になる。このクローン病という病気は、十年後の手術の可能性が七割もある事を。つまり、十年置きに手術を繰り返す可能性が高いという事だ。
(こんなの、そう何度もやってられるか!!)
僕は尚さら早く元の体に戻りたい欲が強まった。それと同時に、まひるさんがこの体に戻りたく無いだろう事を痛い程に察してしまう。
僕が元の体に戻るという事は、まひるさんがまた苦しむ事を示していた。
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