・Memory04(ゆうひ視点)
「あ、陽一!こっちこっち!」
まひるさんが立ち上がって手招きをした。足早にこっちへ向かって来た昼中くんが、僕の向かい側の席へと腰を下ろす。
「城ケ崎じゃん!久しぶり~」
「ちょっと。私はアナタの先輩よ」
「せ~んぱい♡」
「打たれたいの?」
手の平を見せる城ケ崎の手首を思わず握りしめてしまった。
「なっ!?べ、別に本気で打ったりしないわ!」
「ご、ごめん……つい」
「つい、打つと思ったのね?」
「……つい」
キッと城ケ崎に睨まれて怯む。手を放して目を反対側に逸らした。声は尻すぼみになって消えていく。
「もう!そんなに怯えなくたっていいじゃない!」
「そりゃあ、城ケ崎センパイ怖いですもん」
「なんですって!昼中!アンタだって体格も良いし目つきも鋭いし充分怖いわ!」
目が合ったまひるさんが、視線で城ケ崎を見るように促したのが分かった。恐る恐るちらりと彼女を見れば、ほっぺたを膨らませて子供のように拗ねている。
(なんだあの生き物は……)
今まで自分が知っている城ケ崎とは似ても似つかない。それこそ誰かと入れ替わったのかと疑いたくなった。
「ね!可愛いでしょ?」
「ぐっ……」
そう小声でまひるさんが囁いて来た。
どうやらまひるさんは僕の周りをがらりと変えてしまう天才なのかもしれない。彼女が居るだけでなんとかなりそうな気がする。彼女が居るだけで大丈夫だと思える。僕にとっては安定剤で、希望への道しるべみたいだ。
まだまだ言い争いを続けている二人を見ながら、まひるさんと笑い合った。
「もう!まひる!なんでこんな人を呼んだの!」
「ごめんね」
「ごめんね!?なんでまひるが謝るんだよ!」
「せっかくだから二人にも話しておきたくて。ね!陽一」
まひるさんが話を押し進めながら昼中くんを見る。まひるさんの視線で我を取り戻した昼中くんが、ゴホンとわざとらしい咳払いをして僕と城ケ崎へと視線を向けた。
「実は、俺とまひるはこの度、結婚前提で付き合う事になりました!」
昼中くんがまひるさんの左手を握って空高々と持ち上げる。その手の薬指にはキラリと光るピンクゴールド色の指輪があった。
(指輪はめてるの気づかなかった……)
自分の事で一杯一杯だった事を改めて反省する。
ああ、そうか。彼女は本当に過去に囚われてはいないのだ。明るい未来が彼女の視界いっぱいに広がっていて、薄暗いところに立ち止まってる暇なんてないくらいに今ある幸せに満たされているんだ。それなら僕は、いちいち過去を持ち出して彼女を暗闇に引き戻すのをやめよう。
僕が、彼女の光を遮る事なんてしてはいけない。僕の罪を彼女にまで背負わせてはいけない。自分で背負って、前を向くんだ。
「ちょっと、結婚前提ってわざわざ言う必要ある!?」
「ある!!」
小声で昼中くんにどこか不満そうに呟くまひるさんに対して、昼中くんは気にも留めず堂々と大きな声で答えた。まひるさんはどこか気恥ずかしそうにうつ向いてしまう。
そんな二人を眺めて、なんだか微笑ましい気持ちになった。
すると、隣からパチパチと拍手する音が聞こえてそちらを見れば城ケ崎がどこか感慨深そうに拍手を贈っていた。釣られて僕も拍手を贈る。
「ちょっ!二人とも!!」
慌てて周りを見回しながら、焦ったように止めに入る真っ赤になったまひるさん。対する昼中くんは相も変わらず堂々とした態度だった。偉そうに胸まで張っている。
「良かったわ。私、ずっと二人の間を勘ぐっていたのよ。本当に初々しい両片想いを見せつけられているようで……」
当時の光景を思い出したのであろう城ケ崎はどこか遠くを見つめたかと思うと、悔しそうにぐっと歯を食いしばった。なんなら拳にまで力が入っている。
(え)
城ケ崎の話にちょっと待ったをかけたくなった。城ケ崎の知っている昼中くんとまひるさんの両片想いのようなやり取りって、つまりは僕の体で行われてたわけですよね?と。
想像しただけで気分が悪くなった。
ただ、場の空気を壊したくなくて、僕は無用な深堀はせず渋々押し黙る事にした。
「その節はどうも……」
「いや~俺も気が動転したぜマジで」
「アレで?普通だったじゃん」
「普通なヤツがわざわざ”俺に惚れんなよ”キランつってアホぬかすか?」
「あら。そんなアホな事を口走っていたの?見たかったわ」
みんなでどっと笑い出す。
小説や漫画で憧れたような景色の一部に、今僕も加わっているなんてまるで夢みたいだ。
「まぁ、私は陽一が恋愛対象は女だ!!って何度もしつこく言ってくれたおかげで健康なゆうひくんの体を手放してもいいかもしれないって気持ちになれたんだけどね」
「しつこく!?」
昼中くんはまひるさんの言葉に酷く傷ついたような演技をして見せた。
本当にこの二人は仲が良いと思う。僕の姿でまひるさんが昼中くんと過ごしていたわけだから、城ケ崎が言う通りおかしな誤解が生まれていたのも頷ける。つまり、僕が昼中くんと過ごしていると度々彼から感じる生暖かい視線はそういう視線だったのだろう。
つい思い出して苦笑いしてしまう。
「そう、しつこく。それに、城ケ崎……って、そういえばずっと私、城ケ崎って呼んでたね。ごめっ……すみませんっ!」
「そうね。それじゃあ、夕月って呼んで。私もまひるって呼んでいい?」
「はい!ぜひ!」
「敬語も嫌よ。だってお友達でしょう?」
話しながら城ケ崎が年上である事を思い出したまひるさんが言葉に詰まると、城ケ崎はすかさず詰め寄った。そんな二人のやり取りを眺めながら、人間関係ってこんな風に進展するんだと学ぶ。
まひるさんはどこか照れ臭そうに笑って頷いて見せた。
こうして僕は少しずつだけど僕なりの僕にしか出来ないやり方で、彼女に返すべき物を返していった。僕は彼女が作り出してくれた環境の恩恵に授かり、自分が欲しくてたまらなかった友人関係を手に入れる事が出来た。そして何よりも、自分の事のように理解し合えるまひるさんと親友になれた事は僕の人生で何物にも代え難い程に大きな出来事だった。そ
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