・Memory05(ゆうひ視点)



「ところで、ゆうひ」

「はい」

「お前いい加減敬語やめろ。つーか、俺より年上だろ」



 二人並んで前の席に座りつつ講義の開始を待っていると、何か思い出したように昼中くんが声をかけて来た。


 僕の敬語が気に入らなかったようで、しかめっ面をする昼中くんは人一人瞬殺出来そうな程に怖い。



「そう、だけど。なんか……なんとなく。威圧感が……ハンパなくてツライ」

「ツライの!?……本当に別人だよなぁ」



 しみじみと昼中くんに見つめられて、正直かなり居心地が悪い。



「うん。やっぱり今のお前を可愛いとは思わないわ。恋愛感情も全く湧かねぇ」

「……やめてよマジで。昼中くんに恋愛感情持たれたら、僕も困るよ。可愛いとか思われたくもない」



 想像したら鳥肌が立ってしまった。確認の為とは言えそういう目で見るのはやめて頂きたい。



「俺だって困るっつの!」



(自分から言い出して置いて……)



 なんてぞんざいな扱いだろう。



「つーか、昼中くんってなんだよ。気持ち悪ぃ。お前から昼中くん呼びされるとどうも落ち着かねぇんだよ。って事で、陽一って呼べよ」



 不意にそう昼中くんに思い出したように軽く言われて、一瞬フリーズした。



「え。……ハードルが高い」

「そんなハードルなぎ倒せ!」



 昼中くんが左手でなぎ倒すジェスチャーをしてみせる。どこか活き活きしている昼中くんに対して、僕は青ざめているに違いない。



「めちゃくちゃだよ。昼中く……」

「次昼中って読んだらジュース奢らせる」

「え。待って。一日に何本ジュース飲む気?」

「いや、そっちこそ待てよ。俺に何本ジュース寄越す気だ!?」



 なんだか面白くなってしまって、昼中くん……陽一と顔を見合わせて笑い合った。



「ははっ!最初こそは暗いし、声小せぇし、クソつまんねーって思ってたけどさ。面白いじゃんお前」



(クソつまんねーって……)



 僕は割と陽一のこの裏表の無いざっくばらんなところが怖いけど嘘偽りが無くて安心するみたいだ。なんて言ったらキモがられるに違いない。黙っておこうと思う。



「ところでさ……ずっと気になってて怖くて聞けなかった事があるんだ……」

「……なんかの漫画で読んだ事があるセリフだね」

「うるせぇな。こちとら深刻なんだよ黙って聞け。そして答えろ」

「横暴……」



 黙って聞け、そして答えろなんて言っておきながら、昼中く……陽一はどこか言いずらそうに口を開いては閉じてを繰り返している。まるで餌待ちの鯉みたいだ。なんて言ったら叩かれるに違いない。



「お前さ、ほら!その……なんつーの?」

「知らない」

「うるせぇ黙ってろ」



(えー。疑問形だったじゃん。答えただけじゃん)



 理不尽に思いつつも、静かに続きを待つ事にした。話を待ってる間に、徐々に顔が赤くなっていく陽一をじっと眺める。



(人間って本当に赤くなるものなんだな)



 ふと、先日のトマトみたいに真っ赤になった城ケ崎や陽一との交際宣言で真っ赤になっていたまひるさんを思い出していた。


(あんなに真っ赤になれるものなんだ……)


 今まで知らなかった。怖くて相手の表情を観察する余裕が一切無かったからだ。僕は僕なりに少しずつではあるけれど成長をしているのだろう。きっと。そう思いたい。



「で、さぁ!お前、まひると体が入れ替わってたわけじゃん?」

「あぁ、うん。そうだね。それが?」

「その……風呂、とか……どうしてたわけ?」

「……変態」

「どっちが!?」


 陽一が顔を赤らめてもじもじし始めた時点からなんとなく嫌な予想は出来ていたから現実逃避をしていたと言うのに。嫌な予感程腹立つくらいに的中するものだな。

 蔑むようなげんなりとした視線を向ければ、それでもなお食らいついてくる陽一。


「だって気になるだろーが!」

「気になったとしても、聞いていい事と悪い事が世の中にはあるんだよ」

「そ、れは……そう、かもだけど……」



 珍しく陽一の方が言葉に詰まっている。痛いところを突いた自信はある。なんせ触れられたくない話題だ。そう、デリケートな問題なのだ。


 僕だって恐ろし過ぎてまひるさんに聞けていないのだから。いや、聞きたくないと言うのが正直正しいと思う。



「ところで、まひるさんには聞いたの?」

「はぁああああ!?聞けるわけがないだろ!アホか!!セクハラだろーが!」

「僕もたった今受けてます。セクハラ」

「はい!敬語!ジュース奢れよ!!」

「……理不尽」



 どうやら陽一は暴君のようだ。この大きな声には何度もビビらされたけど、毎回毎回こんな感じだとなんだか慣れて来たような気がする。



「だいたい、それ聞いてどうするの。どっちに転んでも良い思いはしないと思うけど」

「……まぁ、それは、そうなんだけどな」

「はぁ。陽一がまひるさんと入れ替わってたら良かったのにね」

「いや、それはそれで困るだろ」

「でしょ?僕だって好きで入れ替わったわけじゃないんだよ。ご理解いただけただろうか?」

「……はい」



 こうして僕は人生初めて相手を黙らせる事に成功した。


 この経験は後の人間関係構築の上で大きな自信にも繋がったように思う。




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