第一章:それぞれの生活。
・Memory01(まひる視点)
ゆうひくんと別れて、私はスマホのナビを頼りに彼の自宅を目指した。
(無事にたどり着けますように)
心の中でそっと祈る。
方向音痴な私だけど、ナビの扱い方を理解してからは、このナビを頼りにあっちこっち行けるようになった。文明の進化に心の底から感謝する。この機械が無かったら、言葉だけの説明でたどり着く自信なんて米粒程もない。
特に私は電車の乗り継ぎが大の苦手だ。次の電車が直ぐ来てくれるからいいけど、これが田舎みたいに一時間に一本の電車だったら遅刻しまくりだろうなと想像しただけで苦笑いしてしまう。
そうして駅員さんに乗り換えを教えてもらいつつ、なんとか無事にゆうひくんの自宅を発見する事が出来た。
(ザ・お金持ち……)
ぽかんとマヌケにも口まで開いてマジマジとその立派な佇まいの自宅を上から下まで眺めた。
真っ黒な屋根に、外壁は灰色と白のレンガ造り。窓枠も屋根とおそろいで黒色で縁取られている。高級感のあるオシャレな見た目だ。
春にはツツジを咲かせるだろうツツジの木が丁寧に切り揃えられ、通りに並んでいる。
おしゃれな黒のガーデンフェンスで隣近所を仕切っているようで、それがまた近寄りがたい品性を感じさせた。
家族の誰かが草花が好きなのだろうか、それともただ見栄えのためか、花壇があって季節の花が色鮮やかに咲き乱れていた。シンボルツリーまである。手入れが行き届いている所を見るとお母さんがお世話をしているのかもしれない。お父さんは離婚していないって言っていたし。
あまりジロジロ自分の家を見ているわけにもいかず、そっと門扉を開けて敷地に侵入する。見た目は自分の家に入るゆうひ青年だから大丈夫なはずだけど、気持ちは不法侵入してる気分でバクバクと全身が心臓にでもなったかのように騒いだ。
深呼吸して玄関に向かう。思わずインターフォンを鳴らしかけたのはここだけの秘密だ。私は意を決して玄関のドアを開けた。
とても静かだ。まるで誰もいないような静けさ。
「……ただいま〜」
クセなのもあり、そう口にして靴を脱いで並べた。
リビングまで歩きつつ、トイレとお風呂の場所を目で確認する。リビングへと繋がるドアを開けると、そこには静かにソファで眠る女性がいた。
女性は、どこかとてもくたびれているように見えた。顔色も良く無ければ、やせ細っている。
思わず駆け寄って彼女の額に触れた。バシン、と勢いよくその手が弾かれる。目の合った女性からは怯えの表情が伺えた。
「ごめんなさい!!」
「……なに」
「具合悪そうに見えたから心配で……。大丈夫?」
「……」
女性は驚いたように目を大きく見開いて、どこか気まずそうに目をそらす。
「ゆっくり横になってて。晩ご飯は私……ゲホッ……ぼ、僕が作るから」
(危なかった!!)
無意識に出て来た一人称に、咳払いを一つしてごまかした。冷や汗がじんわりと滲むのが分かる。
女性はどこか戸惑った顔をしていた。
「……貴方、料理なんて出来るの?」
(あぁっ!!しまった!!)
自分がゆうひくんであるのを頭では理解しているつもりが、言動が自分の意思を上手く切り離せない。
「……で、出来るよ!家庭科の授業で習った簡単なものなら!」
苦しいごまかしだっただろうか。
女性の様子を伺うのが怖くて、リュックを下ろすと慌ててキッチンへ向かった。
(……ごめん、ゆうひくん)
しょっぱなからやらかした。静かに目をつむり、祈るように指を絡めて手を合わせた。
あの疲れ果てた女性を少しでも休ませてあげたい。そう思ってしまったのだ。
お米を研いで炊飯器をセットしたら、お風呂を沸かす為に軽く掃除をしに行く。湯船にゆっくりつかれれば、体も心もポカポカして幸せな心地になるはず。
そうして、ゆうひくんでもなんとか作れそうな簡単な料理をテーブルに並べた。白ご飯に味噌汁、ベーコンエッグにかつお節の乗った冷や奴、レタスとキャベツを手でちぎりツナ缶とコーン缶で彩ったサラダ。正直、ウチでは使わないような高級なベーコンにドキドキした。それと、こんな立派な家にもツナ缶とコーン缶が常備されている事に心から感謝する。
ソファに横になっていた女性に声をかけ、食事に誘ってみた。断られるかな、とも思ったけれど、女性は重だるそうに体を起こしてのそのそと食事の席についてくれた。
「……貴方、こんなに作れたのね」
「口に合えばいいけど……」
「それはそうと……ゆうひの席、そっちでしょ」
女性がゆっくりとした動作で、階段側の席を指さした。
(うわぁ!またやらかしたっ!)
細かい情報交換を忘れてた。お箸やお茶碗は色違いだったからなんとかごまかせたけど、他にもまだ気付かない地雷が散りばめられていそうで心臓に悪い。
女性は不可解そうな顔をしつつも自分の席に座った。
私も動揺を隠し切れずあたふたしながら指定席に食事を並べ直し席についた。
「……いただきます」
私が座ったのを確認してから、女性は両手を合わせて静かにそう呟いた。
お味噌汁を先にすする。彼女の反応が気になり、じっと様子を伺った。
「……美味しい」
「良かったぁ……!」
ホッとして息を吐き出す。ふと、目が合うと、女性は小さく口元に笑みをのぞかせていた。
「……ありがとう、ゆうひ。凄いじゃない」
その柔らかな表情に思わず息を呑む。
(なんだ……)
ゆうひくんは家族仲が冷え切っているって言っていたけど、言動一つでなんとかなる位置にまだいる事が分かってなんだか安心した。
どこかでボタンを一つかけ間違えてしまっただけなのかもしれない。
なんだか嬉しい気持ちになって、私まで笑顔があふれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます