・Memory01(ゆうひ視点)



 まひるさんと俺が元の体に戻ってから、驚くことがたくさんあった。


 まずはじめに、俺と母親との関係が良好になっていた事。まひるさんが週に二回母親の代わりにご飯を作っていた事。これに関しては、俺もまひるさんとして生きてる間に動画を見つつ出来るようになった事が増えたおかげでなんとかなっている。


 それから、大学、昼中くん以外からも気さくに声をかけられたりする事。授業のノートをまひるさんが昼中くんから借りて写メを取って置いてくれた物を丁寧にまとめてくれていたおかげで、なんとかついていけている事。


 そして、城ケ崎からの心配したメッセージが自分のスマホにある事実だ。過去のやり取りを見ると、僕の知ってる城ケ崎とは別人なんじゃないかとさえ思える。それくらい、城ケ崎がまひるさんに心を開いている事が伺えた。仲の良い友人とのやり取りにしか見えない。気持ちが悪いくらいに。


 僕は気が動転して返信が返せずにいた。そうして大学に復帰して数日後、ついに城ケ崎と出くわす事となった。



「久しぶりね。ニュースを見たわ。大変だったみたいね」

「……」



 正直耳にしたくもない話題だった。


 どう見ても、僕の知っている城ケ崎だ。嫌味な言い方も健在で、相変わらず逆撫でするのが上手いと思う。どう考えてもあのメッセージのやり取りをしている人物とは思えない。



「心配したのよ。アナタ返信くれないんだもの。それにしても身投げした女の子を助けに飛び込むなんて……」

「……さい」

「……ゆうひ?」

「うるさいな!身投げしたのは僕だ!そう、記者にも言ったのに!誰も信じてくれない……」



 こんな酷い偽りの情報が流されている事実がどうしようもなく耐え難かった。八つ当たりだって分かってる。分かっているけど……。


 城ケ崎は周りをそっと見ると、僕の手を掴んで歩き出した。



「……何が、あったの?……こっちへ来てちょうだい。向こうで詳しく話を聞かせて?」



 振り払って逃げ出す事も出来たのに、僕は引きずられるように彼女の後をついて行った。冷酷な彼女なら、僕の消せないこの罪を手酷く罰してくれるんじゃないかと思った。優しいまひるさんにはそんな事到底出来ないだろう。だから、誰かに酷く叱って罰して欲しかった。

 繋がれた手はとても小さくて、ひんやりと冷たくて、それなのに驚くほど力強かった。まるで逃がしはしないと圧をかけて来ているようにも思える。


 着いた場所は人気の無い裏庭だった。



「ここなら落ち着いて話せるでしょう?」



 そう言って、空いているベンチを手で払い軽く汚れを落としてから座ろうとする彼女の腕を強めに掴んだ。



「ゆうひ?」

「……これ、使って」



 ポケットから取り出したハンカチをその手に握らせれば、勝気な瞳が驚いたように見開かれていた。



「そのまま座ったら服が汚れるよ」

「……あり、がとう……」



 彼女はハンカチを広げて左端に座ったけれど、僕は座る気になれなかった。

 


「それで?一体何があったの?」



 僕はもう、どうにでもなれと思って一思いにすべてを吐き出した。



「まぁ。……入れ替わり?」

「……別に、信じなくていい…」

「信じるわ!」



 まさか食い気味で信じてもらえるとは思いもしなかった。



「そうだったのね。それでアナタ、別人みたいに……いいえ、別人だったのね。やっと納得がいったわ」



 ブツブツと何かを思考しては、一人でうんうんと頷いている。



「……その、アナタの中に居た子は無事なのね?」

「……うん」

「良かった。良かったわ……」



 そう胸に両手を当てて心から安堵する表情は、以前僕をいたぶっては高笑いをしていた女とは別人にしか見えなかった。



「それにしても、アナタもアナタよ!」



 突然向けられた鋭い眼差しに、びくりと肩が跳ね上がる。蘇る恐怖に後退りしたくなった。



「橋から飛び降りるなんて馬鹿なマネ……っ。いいえ、私がそこまで追い込んでしまったのね。……アナタが、生きていてくれて良かった。本当に、良かったわ……」



 自分の事のようにそう言葉を紡がれて、急に生きている実感が湧いた。なぜだか分からないけれど、生きている事を許されたように感じたのだ。


 雫がぽろりと瞳から気ぼれ落ちて、びっくりして手の甲で拭う。


 それを見たであろう城ケ崎は、涙の件には一切触れる事は無かった。



「僕は……、最低最悪な事をしでかしたんだ」

「……そうね」

「許されない事をした……」

「ええ」

「僕は、僕が許せない……」

「……そう。それでもあの子は……アナタを許したのね」

「……」



 彼女は以前みたいな罵倒は一切口にせず、ただただ僕の話に耳を傾けてくれた。



「な、んで……」

「うん?」

「なんで!僕を責めないんだよ!!」



(今一番、欲しくてたまらないのに……)



「だって、アナタ、深く反省してるんでしょう?それが例え足りなくても、許されるはずがなくても。それなら、責める必要が無いでしょう?」

「……っ」



 涙が、止まらなかった。


 こんな言葉をくれるヤツだなんて思っていなかったのに。欲しかった言葉とはまるで違うものが与えられて、僕は混乱してしまった。



「私だって、許されない罪があるわ。アナタも知っている罪よ」

「……」



 彼女が何を指しているのか、聞かなくても察しがついた。



「私は、アナタに謝らなければいけないと思っていたの」

「……謝る?」

「ええ。私、アナタにたくさん酷い仕打ちをしたわ。……本当に、ごめんなさい。謝ったから許して、なんて言うつもりはないわ。憎まれても恨まれても仕方がない事を私はたくさんアナタにしてしまったのだから……。嫌われて当然だと思っているの。ただ自分が救われたいが為の謝罪だと思われても仕方がないわ。それでも、私はアナタにしてきた事をとても後悔している事を知っておいてほしかったの。身勝手でごめんなさい。たくさん傷つけて、本当にごめんなさい」

「……」



 僕は彼女が良く分からなかった。今更、とも思う。湧き上がる感情が何も無いわけじゃない。けれど、でも……。謝っても謝っても許されない現実を、僕ももう知っている。


 被害者面して生きて来た僕が、まさか加害者側になる日が来るなんて思いもしなかった。



「私。実はずっと、ゆうひの事が好きだったの」

「……は?」

「でも大丈夫よ。もう、アナタの目の前には現れないように努めるわ。アナタの生活を乱したりしないって心から誓うわ。安心して頂戴」



 そうして予想外な衝撃を残して、城ケ崎は申し訳なさそうに笑って去って行った。



(いや、待って理解出来ない)



 好き?誰が誰を?


 アレが好きな相手に取る態度だったとでも言うのだろうか。


 僕は思わず頭を抱えた。



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