・Memory01(ゆうひ視点)
まひるさんから連絡が無いまま、八月の半ばへと差し掛かっていた。
未だに元に戻れていない。正直、直ぐに戻るだろうとどこか高を括っていた。まさかこんなにも元に戻れないとは想像もしていなかった。入れ替わってから二ヶ月が過ぎていた。
食に関して今までそんなに興味が無かったのに、制限をかけられていると今まで食べていた味が忘れられず食べたい欲求に駆られる。
(一体いつまで我慢すればいいんだ?)
食に対する飢えは、連絡を一切寄越さなくなったまひるさんへの苛立ちに変わっていた。
勇気を振り絞って電話をしてみる。
けれど電話は音声案内へ切り替わり、結局まひるさんは出なかった。
嫌な想像がどんどん膨らんで、胸の奥がざらつく。不安と恐怖が綯い交ぜになった。
このまま、まひるさんとして生きていく事になったらどうする?
(冗談じゃない!)
いつかは戻ると、終わりがあると思っていたから耐え切れていた物が、徐々に耐え難くなって来ていた。
きっとまひるさんは元に戻らないのをいい事に手に入れた健康な体で好き放題食べたい物を食べているはずだ。
環境だって充実している事は知っている。そんな中、どうして元の体に戻りたいなどと思えるだろう。
僕だったら手放したくなくなる。だからこうして電話にだって出ないんだ。
考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりがグルグルと巡った。
僕は居ても立っても居られず、ネットで同じ経験をした事がある人は居ないか調べた。日中は近くの図書館へと足を運んでみたりもした。
そうして八月が終わろうとした頃、手がかりが何も掴めない僕は絶望していた。
不意にスマホが着信音を告げる。僕は急いで電話に出た。相手は待ちに待ったまひるさんからだった。
「今まで何してたんだよ!」
通話ボタンを押して早々、叫ぶように口にした。不安が、恐怖が、僕を駆り立てる。
「……ごめん。ちょっと旅行に……。バイトもあってバタバタしてて……」
「は?旅行?そんな話聞いてない!」
「……ごめん」
「こっちは元に戻る方法を必死で探してるのに……!キミは遊びたい放題好き勝手出来ていいね!!こっちの状況、キミなら分かってるはずだろ?自分の体なんだから!」
人が不安でたまらない中、能天気に人生を謳歌している彼女に理不尽だと分かっていてもどうしようもなく腹が立った。
「そんな事言ったって、戻らないんだから仕方ないじゃん!戻る方法探したんでしょ?見つかったの?」
「……っ!」
まさか逆ギレされるなんて思いもせず、言葉に詰まる。
実際、手がかりは見つかっていない。
「ほら。見つかってないんでしょ?ゆうひくんが一生懸命探して見つかってないんだよ。戻るまで待つしかないじゃん。その間、何もせずに引きこもってろって言うの?迷惑かけないようにお小遣いだって自分で稼いでるのに?それでもダメなの?」
形成は逆転していて、まひるさんも堰を切ったように矢継ぎ早に言葉を吐いた。
「だいたい!ゆうひくんはこの体いらないんじゃないの?だから身投げして捨てようとしてたんじゃないの?捨てるならちょうだいよ!!」
「……っ、まひるさんだって……こんな体、要らないんだろ!?僕と同じじゃないか!!」
「要らないなんて言ってない!!」
「でもまひるさんは僕の体で生きていきたいんでしょ!?生きていく準備だってしてるじゃないか!!僕の為みたいな事言って!!本当は返したくなくなったんじゃないの!?」
まひるさんは言い返して来なかった。
(ああ、やっぱり……)
でも、その気持ちも今の僕には痛い程理解が出来た。
「……元はと言えば、ゆうひくんが悪いんじゃん!あの日あんなとこに居なければ、こんなことになってないでしょ!?ゆうひくんだって、私の体になって分かってるクセに!!私がどれだけ食事を我慢して、色々諦めもして、それが今どれだけ幸せか!!それなのに、いつ戻るか分からないこんなちっぽけな少しの時間すらダメだって言うの!?」
「……っ」
叫ぶだけ叫んだまひるさんは、言いたい事を言い切ったようで一方的に電話を切った。
彼女の声は涙声で震えていた。
そんなまひるさんの言葉はどれも図星を突いていた。そのせいか理不尽にも行き場のない苛立ちへと変わり、僕はついに禁忌に触れた。
我慢の限界だった。
両親が仕事へ行っている間に出かけて、駄目だと言われていた物を好きなだけ食べる生活を送り始めたのだ。
毎日飲むように言われていた栄養剤も親の目を盗んで捨てた。あんな不味い物、飲み続けられるわけがない。
月一で病院に通い薬だって打ってるし、出された処方箋も飲んでるんだ。問題無いに決まってる。
そう勝手に決め込んで、一ヶ月も経たずに事件は起こった。
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