・Memory05(まひる視点)


 長い長い大学生の夏休みがついに明けてしまった。それでも未だに暑さは自己主張を続けている。まだまだ秋とバトンタッチをする気は無いらしい。



 陽一のおかげで課題はなんとかクリア出来てホッとしている。


 陽一は教え方も上手で、大学受験を受けてもいない私の頭でも理解出来るように何度も何度も根気強く教えてくれた。もう本当に土下座の勢いで感謝しかない。



 陽一が居れば、ゆうひくんとして生きていく事も難しくは無さそうだ。なんて悠長に構えてしまっている自分を叱りつけたい。他力本願にも程がある。もう少し自分でなんとか出来るようになってほしいとは思うものの、自分で望んで来た道ではないのもあって、こればかりは向き不向きがあると思う。はい、ただの言い訳です。



 ゆうひくんからは、八月の終わりに着信があった。私は電話に出られずにいた。出たくなかった。その後も何度か連絡があったけど、怖くてメッセージも読めていない。正直、最低な事をしている自覚はあった。



「そういや、バイト先にさぁ、めちゃめちゃ可愛い子入って来たんだぜ!モデル体型!」


 一緒に登校中、思い出したかのように話す陽一はニヤニヤしていてご機嫌だ。

 私はなんだかその話があまり面白くなかった。


「でもさぁ。可愛い子ってなんでみんな彼氏持ちなんだろーなぁ。俺も彼女がほしい!」



 隣りで騒ぐ陽一を横目で見ながら、どこかホッとしている自分がいた。ざわざわした胸元を撫でつつ、脳裏を過った言葉をぽろりと零す。



「いつかは陽一にも彼女が出来たりするんだろうね」

「いつかっていつ!?五日?何月の!?」

「さぁね~。お利口さんにしてればサンタさんがなんとかしてくれるよ」

「それだと十二月二十五日になりますけど!?」



 どうでも良い会話を繰り広げながら、モヤモヤの原因にふと行き着く。



(あれ。これってもしかして……私、陽一が好きだったりする?)



 陽一が誰かと付き合うかもしれない。そう思うだけで妙に嫌な焦りを感じる。陽一が女の子の話をするだけで面白くない。



(もし、万が一、元の体に戻る事が出来たなら……)



 女の子の姿の私だったなら、陽一の恋愛対象に入る事が可能だったりするのかな。

 少しだけ、考えてしまう。陽一と付き合えたなら、それはどれだけ楽しくて幸せな事だろうかと。


 そしてそれは同時に、健康体を失う恐怖が付きまとうという事実に、私はどちらがより幸せなのか改めて考えさせられることとなった。


 ただ問題なのが、どちらが良いと決めたところで、決めた通りになるとは限らないということだ。





 十月も終わろうとしている頃、私はなんだか少しだけ疲れていた。この、いつ戻るか戻らないのか問題に。戻るのか戻らないのかハッキリしてくれたらいいのに。と、誰に向ければいいのか分からない苛立ちを吐き出す場所も無くもてあましている。


 どちらにでも対応出来るようにしておかなきゃと思う反面、陽一が誰かと付き合ってから元の体に戻られても困るとも思う。


 このまま元に戻らないなら、陽一へのこの気持ちは一生隠し通して友人として生きていかなければならない。

 そして彼に恋人が出来たり結婚する姿を応援したり、お祝いをするのかと思うと、胸が痛い程苦しかった。


 もう、どうするべきなのか、何が正しいのか分からない。


 私はただただ一人悩み苦しんだ。いや、この件に関してはゆうひくんも悩み苦しんでいるに違いない。


 いつも通り講義を終えて、夕方頃、陽一と一緒に大学を出た。




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