・Memory06(まひる視点)


「それじゃあ、行こうか!あ!頼まれたのなんだっけ?」

「トロピカルスムージー、マンゴーフロート、夏盛りパフェ」

「すごっ!覚えてるの!?」



 ビックリして陽一を見れば、腕組みをして自慢げにドヤ顔された。



「ファミレスでホールのバイトしてっからかな?一度言われたら割りと覚えてる方だと思う」

「へぇ〜。あ!私……僕もこの夏バイト始めるんだ!昨日は日雇いバイトに初めてチャレンジしてさぁ、初めてのお給料でお母さんにプレゼント贈ったら泣いて喜ばれた」

「親孝行じゃん」

「でしょ?もっと褒めて!」

「調子乗んな」



 喋りながらカウンターへと向かい、列の最後尾へと並ぶ。


 不思議と陽一とは無理なく会話が弾んで楽しい。冗談を軽く言い合えるのも、心地良く感じていた。



「こんな風に友達とわいわいテーマパークではしゃぐの夢だったんだよね〜」



 以前の私は、持病のせいもあり、いつ体調を崩すか分からなくて友達からの誘いも怖くて断ってばかりいた。そうしたらいつの間にか誘われることが無くなってしまった。


 付き合いが悪いとなると距離まで取られて結果ボッチになることも珍しくなかった。


 薬が効いてる間は多少無理がきいて好きな物を食べることも可能ではあったけど、一度体験した激痛が頭をよぎって手を出せずに今まで過ごして来た。


 だから余計、今こうして何のためらいも無く遊びに出かけられて好きな物を好きな時に食べられる日常が幸せでならない。


 そんな過去を振り返っていると私たちの順番が回ってきた。注文を済ませると準備されたメニューの乗ったトレーを持って、城ヶ崎たちの元へと向かう。



「お待たせ〜」

「ありがとう。混んでたでしょ?」

「やっぱり暑いと涼しいとこに集中するね〜。席取っててくれてありがとう!」



 城ヶ崎に飲み物を手渡しながら笑顔でお礼を言えば、プイっとそっぽを向かれた。



(コレは照れてるな……)



 なんだかその様子がどうにも可愛らしい。


 こんなにも手に取るほど分かりやすい態度なのに、ゆうひくんは彼女の好意に気づいていたのだろうか。いや、気づいていたらあんなに毛嫌いするはずがない。


 そこでふと、ある事が頭をよぎった。


 城ヶ崎は元々ゆうひくんに気があったのだろうか。それともゆうひくんの見た目に中身が私の今のゆうひくんに好意を寄せてくれてるんだろうか。


 もし前者なら、それは偽りだ。中身が女である私だから話しやすかった、それだけの事なのだから……。


 そんな事をぼんやり考えていると、横に座った陽一が私のパフェに乗ったソフトクリームをパクリと食べた。



「隙あり!」

「ちょっと!わた……僕のパフェに何すんの!」

「一口もらっただけじゃん!ケチだな。ほれ、俺のドリンク飲んでいいから。美味いぞ!」



 差し出された飲みかけのドリンクに、思わずしどろもどろになる。



「それ間接キスになるじゃん!」



 思わず飛び出た言葉に、陽一は目を丸くした。



「……何お前、回し飲みとかした事ねぇーの?」



 不思議そうに見られて、自分がいかに過剰に反応を示したのか理解してしまう。なんだか妙に恥ずかしくなって顔を両手で抑えた。



「ない」

「ないのか。ふーん……?つーか、男同士で間接キスうんぬんとか騒ぐなよな〜。女ならまだしも」



(女の子だもんっ!!)



 そう叫びたいのをぐっと堪えた。



「ずっと気になっていたけど。……二人は随分と仲が良いのね。まるで恋人一歩手前の両片想いみたい」



 そう城ヶ崎に息を吐き出すように言われて、場の空気が固まった。


 持っていたスプーンが手から落ちて、ガシャンと激しい音が鳴り我にかえる。



「なぁに馬鹿げた事言ってんだよ。ただの友達だよ。な?」



 陽一はキッパリと言い放つと、同意を求めて私の方を見た。


 私も何度も縦に首を振る。それはもうちぎれんばかりに勢いよく。



「そうそう!ビックリしてスプーン落としちゃったよ!取り替えてもらって来る!」



 私は落ちたスプーンを拾ってその場を抜け出した。


 少し走ったせいか、バクバクと心音がうるさい。なぜだか妙に泣きそうな胸の苦しさを味わっていた。





 日が傾いて空がだいだい色へと様変わりした頃、私たちは解散してそれぞれ家へと向かった。


 私と陽一は駅まで同じだ。


 あれから何ごとも無かったように普通に会話をして冗談を言い合っていた。だからどこか安心仕切っていた。



「俺さぁ、別に同性愛とか性同一性障がいとかそれぞれ生き方あっていいじゃんって思ってて理解ある方だと思う」



 突然振られた話題に、私の目は点になった。



「……はい?」

「けど……一つハッキリ言っておく。俺の恋愛対象は女だからな!」



 ビシッと指をさして強めに念を押される。

 私はきっとはたから見たらどうしようもないくらい間抜け面をしていたに違いない。



「……ぶふっ。ふっあははっ!」



 あまりにも的はずれな話にツボにハマってしまった。



「なっ……!おい!なんで笑ってんだよ!」

「……ふふっごめんごめん!別に性同一性障がいでも無ければ同性愛者でも無いよ」



 そう見えたからきっと彼なりに気を遣ってくれたんだろう。そう言われればそう見えなくもないだろうし。


 彼の中でずっと悶々と深刻化していたのかと思うとなんだかどうしようもなく面白くなってしまった。



「本当に違うんだな?」

「うん」

「だってお前……私って何度も言いかけて訂正するし、女子トークに混ざって盛り上がれるし、まるで女みたいな言動とるし」



 ゆうひくんに心からお詫びの言葉を申し上げたい。



(ごめんね、ゆうひくん……本当、面目ない)



 そう思われても仕方ない言動しかしていない事実に頭を抱えたくなった。



「もうなんつーかさ!もーアレだよ!も〜なんつーの!?」

「語彙力がんばれ」

「応援ありがとな!!」



 失われし陽一の語彙力を、私は応援することしかできなかった。


 混乱してテンパっている彼を隣でただただ眺めて、笑いを堪えた。



「マジで!俺は女が好きだから!……絶対俺に惚れんなよ?」

「ぶはっ!違うって言ってるのにっ。あははっ!俺に惚れんなよってぶふっ何それ!くくっ……友達でしょ?僕ら」



 まだまだ物言いたげな陽一に向き合って、片手を差し出した。

 彼は足を止めると私の白く頼りなさげな手を見て、そっとその男らしい大きなゴツゴツとした手で握手を返してくれた。



「あぁ。友達だ!それだけは間違いない」



 そうキッパリ言い切った強い瞳と目が合って、私はただ静かに笑い返した。


 見上げた空は夕焼け空に紫の色が混ざり合っていて、どこか切なく感じた。


 この瞬間を私はきっと一生忘れられないだろう。


 あの大きな手の温かさと、力強さを。



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