・Memory01(ゆうひ視点)



 まひるさんと別れてバスに乗り、まひるさんの家へと向かう。


 なんだか本当におかしな事になったとつくづく思う。

 幽霊なんて信じない僕からしたら、体が入れ替わるなんて小説や漫画みたいな不可思議な体験も正直なところ信じがたい。

 本当はあの橋から落ちていて意識不明の中、夢でも見ているんじゃないかとすら思う。それ程に今のこの状況は異常だ。


 しばらくぼんやり現実逃避をしていると、まひるさんから聞いたバス停名が車内に響き、意識を現実に戻した僕は慌てて停車ボタンを押した。


 バスを降りて、まひるさんの家を探す。直ぐに赤い屋根の煉瓦造りの家が見つかった。いざ、となると玄関を開けるのに躊躇いが生まれる。思わず着ている服を確認した。



(どう見たってワンピース)



 僕の服じゃない。女物だ。

 一度深く息を吐き出して、意を決してドアを開けた。



「あら、おかえりー!今日は遅かったじゃない。何かあった?」



 パタパタとまひるさんの母親が玄関まで出迎えてくれた。



(本当、ウチとは大違いだ)



「……ただいま。大丈夫、だよ」



 しどろもどろになりつつも、本当の事を話せない以上これしか言う言葉がみつからなかった。



「……そう?それにしても元気無いけど……。とりあえず上がったら?何か飲む?」

「……何もいらない。少し部屋で休んでいい?」

「もちろん!そうだよね、疲れたよね。ゆっくり休んで」



 心配そうな顔をする母親に申し訳なく思いながら、靴を脱いでまひるさんの部屋へと向かった。

 まひるさんの部屋は綺麗に整頓されていて、赤やピンク色の物が多い。



(そういえば女の子の部屋って初めて入った……)



 あまりジロジロ見るのも申し訳ないと思いつつも、いつ自分の体に戻れるか分からない以上、ここが自分の部屋となるのだから見ないわけにもいかない。

 大きな溜め息を吐き出すと、先程からずっとバクバクとうるさい心臓を押さえた。


 やっぱり見ず知らずの他人の家に上がり込むのはかなりの勇気がいる。しかもこれから元に戻るまで共同生活を強いられるわけだから胃が痛い。


 あんなに気にかけてくれる母親と会話もろくに無い僕の母親。まひるさんは僕の母親と会ってどう思っただろう。まひるさんの方が生活に苦しさを覚えやしないかと心底心配になった。


 しばらくして僕は、再び窮地に追いやられる事となる。



「まひるー。体調大丈夫ならお風呂入っちゃいなさーい」



 そう、風呂の時間だ。


 つまる話し、男の僕が知り合ったばかりの女性の体を洗う事になるわけで、またその女性が僕の体を洗う事になるわけで……。


 考えただけで変な汗をかいた。

 かと言って、いつ戻れるか分からない以上、風呂に入らないわけにもいかない。



「まひる?体調悪いの?」



 いつの間にかドアの前へと来ていた母親の声に観念するしか無くなった。


 食事を終えてしばらく経った頃、まひるさんから着信があった。

 風呂の件もあり、良くわからない罪悪感と羞恥心に苛まれていたのは言うまでもない。



(まひるさんはどうしたんだろう?風呂……)



 かなり気になるけれど、聞くわけにもいかない。いや、正直聞きたくないかもしれない。

 電話に出れば、どうやら無事に家へと辿り着けたようだ。それにしても、自分の声を電話越しに聞くのもなんだか変な気分だ。


 それはそうと驚いた事にまひるさんは、あの母親と一緒食事をしたのだと言う。しかも僕の姿で料理まで披露したらしい。



(そういえばまひるさん、家事炊事やってるって言ってたっけ……)



 やれる気が一切しない。

 けれど、何か一つでも手伝ってあげられていたら関係性は違っていたのかもしれないと彼女を通して思い知らされた。


 せっかくだから大学に行ってみたいと言う彼女に、ある程度必要そうな大学の知識を伝えた。

 どうせ戻った所で行けるか分からない大学だ。好きにしたらいいと思った。


 翌日、大学へ行ったまひるさんから電話があった。それは声色だけでも分かるほど興奮気味で浮かれているようだった。



『聞いて聞いて!さっそく友達が出来たよ!』

「……は?」



 正直、彼女の言葉を理解するのにかなりの時間を要した。

 今まで散々欲しいと望んで、けれど上手く作れなかったモノだ。

 まひるさんは僕の反応を気に留める余裕が無いのか大興奮で話しを続ける。



『昼中くんって言うんだけど、ノート写真撮らせてもらったよ〜!私じゃ全っ然内容が分かんなくって。今までの分全部写真撮ったから安心して!ゆうひくんなら直ぐに追いつけるよ!』



 まひるさんは、僕の今後の事まで考えて動いてくれていて正直とても戸惑ってしまった。



『それでね、それでね!昼中くんにサークルに誘われたんだけど……あ!外国語学部なんだって!今月末にサークルでバーベキューやるみたいでそれだけでも参加してみないかって誘われて……三千円かかるみたいなんだけど……』



 まひるさんはどうやらそれに参加したいらしい。



「参加したら?」

『えっ!いいの!?』



 まひるさんが作ったきっかけだ。駄目だなんて言う権利は僕には無い。



「楽しんで来て」

『ありがとう!また報告するね!』



 まひるさんはどうやら僕の人生を上手い事生きているようだった。

 僕の方は大丈夫か聞かれたけれど、家事炊事が出来そうに無い事を伝えれば、無理しなくていいと言ってもらえた。それだけで重荷が降りてホッと安堵した。



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