・Memory03(ゆうひ視点)


 その夜、まひるさんから電話があった。

 例のサークルのバーベキューに参加した件だと直ぐに察しがついた。


 そして僕は、まひるさんが口にした人物の名前に息が詰まった。



『ゆうひくん、城ヶ崎って人、知ってる?』



 脳裏をフラッシュバックする高校時代の嫌な思い出。何かに付けて因縁をつけられたのを良く覚えている。そして毎日のように絡まれていた。



(なんで、そいつの名前……)



『今日サークルのバーベキューに参加したらさ、声かけられて。なんか修羅場になりかけたんだけど……』



(なんであいつが同じ大学に……?)



 本当、どこに行っても邪魔しに来る。疫病神みたいだ。心底ゾッとした。全身の毛穴が開きゾワゾワと鳥肌が立つのが分かる。



『彼女が身に付けてる付録のブローチが目に入ってさ〜。私も良く買う雑誌のやつ!思わず声かけたら次第に盛り上がっちゃってなんか意気投合して友達になったよ』



「……は?」



 自分でも間抜けなくらい素っ頓狂な声が口から飛び出た。

 最早まひるさんが何を言っているのかまるで理解が追いつかない。



(どういう事?)



 フリーズしてしまった脳を頑張って働かせて、もう一度まひるさんが言った言葉を脳内再生する。



「……いやいやいや。……なんで仲良くなってんの」

『あぁ!そこか!!やぁ〜つい盛り上がっちゃって!今度スキンケア教えてくれるって』

「ガチでどういう事!?」



 まひるさんならなんとなく納得だけど、見た目は僕なわけだ。城ヶ崎は僕だと思って話をしているはず。それなのにそんな急に友好関係を築けるものだろうか。


 僕の無言に不安を感じたまひるさんが謝罪を口にして、やっと我に返った。


 むしろまひるさんにこそ嫌な思いをさせてしまったはずだ。少なからず僕の知っている城ヶ崎は好印象を抱くような相手ではない。謝罪をするのは僕の方だ。相手は僕だと思って好き勝手言って来ただろうから。さぞかし不愉快だっただろう。


 まひるさんはあまり気にした様子は無かった。彼女のメンタルは鋼鉄か何かで出来ているのだろうか。


 それよりも彼女の意識は既に夏休みへと向いていて、なんでもバイトを始めたいようだった。いつ戻るか分からない以上、長期のバイトは正直困る。短期だったら、という事で僕はバイトの件を容認した。


 着実に僕の周りの環境を変えていくまひるさんに、僕は底知れぬ焦りと戸惑いを感じていた。





 僕はなんだかこのまま引きこもっていてはいけない気がして、筋力維持のために筋トレと、料理は出来ないにしてもご飯を炊いたり、皿洗いをしたりと普段しない家事炊事を出来る範囲で取り組んでみる事にした。


 すると、決まってまひるさんの母親が喜んでくれるのだ。



「助かった〜!ありがとう!」



 その言葉に、なんだか胸の奥が温かくなるのを感じた。



(そうか、これがまひるさんの原点……)



 まひるさんがなんでも行動に移す力の源なんだと思った。

 誰かの力になれる事、必要とされる事、それは思いのほか心地良いものだった。


 次第にネット検索したり動画を見たりして、出来る事を増やしていくようになった。出来る事が増えれば増える程、自分の中の自信に繋がっていっている気がする。


 あれ程虚無感に苛まれていた僕は、今では学ぶ事が楽しくなっていた。不思議と世界が明るく見る。


 もしかしたら、まひるさんの体だからそう感じるのかもしれない。



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