・Memory03(ゆうひ視点)



「ちょっと起きて!!大変なんだけど!!寝てる場合じゃない!!」



 ゆっさゆっさと聞き覚えのある声に勢い良く揺さぶられ、僕は目を覚ました。じんじんと顔面が痛む。特に鼻。


 顔を押さえながら起き上がれば、指と指の隙間から俺を起こした相手が見えた。


 僕だ。



(は?え?……どういうこと?)



 ついに僕は目がおかしくなったのか、それとも脳が異常をきたしたのか。


 目の前には鏡で良く見ていた僕の姿が。思わず目をこすり、もう一度確認してみる。



(うん、間違いなく僕だ)



 見間違えるはずがない。もう何年と見てきた顔だ。



「あの……近いんですけど……。後、手!離して!痛い」



 気付けば僕は、僕と僕そっくりなそいつの両頬を両手の平で挟んで近距離でマジマジと見ていた。驚いて慌てて手を離す。



(声まで僕だ……)



 確かに声は僕だけれど、喋り口調がどうにも別人に感じる。



「……キミ、誰?」



(ん?アレ?……今、僕の声、なんか変だった気がする……)



 自分の発した妙に高く女の子っぽい声に違和感を感じて喉に触れた。つるつるしていて、男らしい喉仏の存在を確認出来ない。変だ。



「私は朝雛まひる!あなたが筆箱落っことしたから届けに来たの!」



 そう元気な自己紹介の後に指を差された先には、見覚えのある筆箱が転がっていた。



(僕のだ……)



 定期を落とすとかならまだしも、筆箱を落とすって……。と自分のぼんやり加減にげんなりとした。


 不意に座り込んだままの自分を見れば、スカートをはいている。紺色で白く小さな花が散りばめられたワンピースだ。


 脳が静かにフリーズした。



「……何これどういう状況!?」

「どうって……見ての通り入れ替わっちゃったみたい」



 目の前の僕がおどけるように肩を竦めて見せた。



(いやいやいや。おかしいおかしいおかしい!)



 納得がいかなくて僕は思わず視界の先に映った公園の公衆トイレへと走った。


 僕がどこに向かっているのか察した彼女が大きな声で叫ぶ。僕の声で。



「入るなら女子トイレだよ!!」



 その一声に思わず足が止まった。くるりと彼女の方へ振り返る。



(今なんて……?)



「……女子、トイレ?」

「え?だって、女の子だもん」



なんとなく予想はついていた。だから確認したく走り出したわけで……。彼女の一言で確認しなくても確定してしまったわけで……。



「……信じられない」

「私だって!……でも、事実でしょ?」



 目の前の彼女が僕の姿でくるりと回って見せた。何の意味があるのかは分からない。



「信じるためにも鏡で確認して来た方が早いよ」



 もっともだ。


 僕は深呼吸を一つして、多目的トイレへと入った。さすがに信じきれていない今、女子トイレに入る勇気は無い。


 多目的トイレに入り、恐る恐る鏡へと視線を向ける。そこには真っ黒のボブヘアーで青の花柄ワンピースに淡いピンク色のカーディガンを羽織った女子の姿が映っていた。その素肌は青い服のせいもあってか恐ろしく蒼白く見える。


 ゴクリと生唾を飲み込む。



(ガチだコレ……)



 愕然としたのは言うまでも無い。


 女子になりたい男だったなら今頃浮かれていたに違いない。けれど僕にはそんな願望は一切無かったので、ただただ現状に絶望する。


 トイレから出ると、鏡に映っていた女子の本当の持ち主であろう女の子が、僕の姿で待ってましたと言わんばかりに駆け寄って来た。



「ね?」

「……うん」



 もはや納得せざるを得ない。



「とりあえず、向こうで座って自己紹介でもしようか」

「……なんで……」

「ん?何?」

「……なんで、キミはそんなに落ち着いてるの?」



 こっちはこんなにも取り乱しているのに、相手はどうにも落ち着いて見える。



「あなたが起きる前に充分取り乱したよ。でも、あなたの方があまりにも取り乱すから……なんか落ち着いた」



 なるほど、お化け屋敷で自分よりビビってる人を見たら怖さが落ち着くアレと同じ感覚か。


 なんとなく納得してしまい。僕は相手が誘導するまま、近くの古びた木材の長椅子に腰掛けた。


 そこは公園の隅にある藤棚で、年季の入った木材で出来た四角い机一つと、その端に長椅子が挟むように二つ並んでいる。時期を過ぎてしまっていて、生憎藤の花は咲いていない。


 どうやら、ちょっとした休憩所スペースのようだ。ゆっくり腰を据えて話をするにはちょうど良い。

 相手は僕の反対側の長椅子へと向かい合うように座っている。



「……あ。このまま座って大丈夫だった?……その、ハンカチ敷かなくても大丈夫?」



 僕の問いかけに、目の前の女の子は不思議そうにきょとんとしていた。



(何か変な事言ったっけ?)



「……その……服、汚れない?」

「あぁ~!生まれて初めてそんな事聞かれてびっくりしちゃったよ!あはは!気にしないで。そのままでいーよ」

「……そう」



(普通気にしないものなのかな?)



 自分が普通じゃないみたいで、なんだか居心地が悪い。



「それでは改めまして。はじめまして!私は朝雛まひるです」

「……はじめ、まして。僕は……夜風ゆうひです」



(女子と話すのはいつぶりだっけ……)



 見た目も声も僕なわけだけど……。


 なんとなく目を合わせられなくて、自然と下を向く。なんだか妙に緊張してきた。膝の上に固く握りしめた手の平がじっとりと汗ばんでいくのが分かる。



「ゆうひくんって呼んでもいい?」

「……いい、けど」

「じゃあ、私の事はまひるって呼んで」

「……分かった」



 彼女の呼び方にむず痒さを感じた。なんともくすぐったいような、気恥ずかしいような居心地の悪さがたまらない。今にも逃げ出してしまいたい。それはもう全速力で。


そうもいかないのは今自分の身に起きてしまった不可思議な現象のせいだ。



「まぁ、さっきも伝えた通り私たちは入れ替わっちゃってるでしょ?」

「……うん」

「なんかこれって凄くない!?不思議体験!?」



 深刻な状況のはずなのに、なぜだか彼女のテンションは急上昇していた。


 まるで宝くじでも当たったかのような興奮気味だ。



「……なんでそんな嬉しそうなの?」

「え?だって滅多に経験できる事じゃないよね!?これって!レアだよ!!」



(そうかもしれないけど……)



 彼女のようなテンションには、僕はなれない。


 じっと彼女を見れば少し落ち着いたのか、どこか恥ずかしそうに咳払いをして謝ってきた。


 両手の平を綺麗に合わせて頭を下げる。



「ごめんごめん!あなたにとっては深刻な状況かもしれないのに……。ファンタジーとか非日常に憧れてたからさ〜!」



 その気持ちは分からなくもない。けれど、女子になりたい願望は僕には一欠片も無い。なりたい人が居たならば即座にでも譲る。替れるものなら替わってあげたいくらいだ。



「ゆうひくんは歳はいくつなの?」

「十九。今年二十歳」

「私の方が一個下だね。あ!敬語で話した方がいいかな?先輩だし」



 まひるさんは、ハッと気付いてどこか気まずそうに僕を見た。


 おそらくずっとタメ口を聞いてた事が申し訳なくなったのだろう。



「……別に。……今から敬語使われても違和感あるし」

「じゃあ、お言葉に甘えて!」



 えへへ。と首に手を当てて笑う自分の表情、仕草に妙な気分がした。



(僕ってこんな顔も出来たんだ……)



 まるで別人みたいだ。いや、別人が中に入ってるわけだけど。



「それはそうと、どうしようか」



 まひるさんは腕組をして首を三十度程傾け、目を閉じて唸っている。



「……どうしたら元に戻れるかな……」

「そこだよね〜。……うーん、よくあるドラマとかマンガなら、もう一度同じことをすれば戻るよね!」



 人差し指をピンと立てて、まひるさんは閃いたと言わんばかりにそう言う。



(確かに僕の知ってる小説とかでもその展開が多い)



「……もう一度……ぶつける?」



 不意にお互い想像してしまって、僕は鼻を、まひるさんは後頭部を擦った。



「ぶっちゃけ、かなり痛かったよね」

「うん」



 まひるさんの言葉に僕は何度もコクコクと頷く。


 アレをもう一度だなんて出きる事なら回避したい。とはいえ、そうも言ってられないのが実情だ。恐らくそれが一番戻る可能性が高いからだ。



「……ふぅ。お互い覚悟を決めよう。元に戻るために」

「……うん」



 お互い頷き合って、二人が入れ替わった石橋へと向かった。




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