第4話

 図書室は静かだった。受験勉強している生徒を尻目に奥へと進んでいく。いまだに美沙とは腕を組んだままだった。案の定、悪目立ちしている。

 ここ四日間、毎日のように美沙と校舎内を練り歩いていた。


「本、好きなの?」


 小声で訊くと、美沙は「好きそうに見えますか?」と逆に尋ねてきた。


「見えない。活字を読む人種ではないでしょ」

「わお。ごりごり偏見じゃないですか。ショックだなぁ」

「実際読んでないでしょ。格好つけなくていいから」

「舐めないでください! こう見えて活字は大の得意なんですから! 見た目は子供、頭脳は大人、そんな名探偵が活躍する作品を嗜んでます!」

「漫画でしょそれ」

「姫子せんぱい、漫画差別はだめですよ。それにあれ、ほとんど活字じゃないですか。そう言う姫子せんぱいだって、えっちな本ばかり読んでいるじゃ――がふっ」


 慌てて美沙の口を塞ぐ。こちらに顔を向けていた図書委員が、怪訝そうな色を浮かべた。

 こいつと一緒にいると私の株は下がる一方だ……。げんなりする。口から手を放して言った。


「念のため言っておくけれど、私はあくまでマリンちゃんが好きだから読んでいるのであって、セクシャルなものが好きというわけではないわ。何度も言っているけれど、理解できてる?」

「あー、はいはい、もちろんですよ。わかってますわかってます。オッケーオッケー」


 本当に聞いているのか、この女……。

 その時だった。美沙が急に足を止めたので腕が引っ張られる。彼女の視線を追っていくと、一人の生徒が本棚を眺めているところだった。

 白い眼帯をつけていた。美沙よりさらに小柄だ。こちらに顔を向け、ゆっくりと小首を傾げる。


「珍しい」


 妙に通った声だった。表情を一切動かさず、私と美沙を凝視する。


「美沙が読めるものは、ここにはないよ。残念だけどね」

「舐めてんのか。――姫子せんぱい、いまの聞きました? 酷くないですか?」


 美沙の方を見て、おや、と思う。喋っている内容はいつもの感じだ。しかし、明らかに表情が硬かった。

 眼帯の子は、小首を傾げたまま言った。


「図書室デート?」

「姫子せんぱいがどうしても、っていうから付き合ってるんだよ」


 ぎゅっと腕に力を込めてくる。私は眉を顰めた。


「違うけど」

「違くないです! 照れなくていいですから!」


 美沙が空いている方の腕を振り上げる。それから、眼帯の子に視線を戻した。


「そういえば、そっちは別の高校の男子と付き合い始めたらしいじゃん。順調なの?」

「誰のこと?」

「うわ……また複数と……?」

「五人だけ」

「相変わらずだなぁ……。はっきり言っていい? おかしいよ、あんた」

「複数と付き合っては駄目なんてルール、存在しない。それに、みんな良い人だよ。良い人と付き合いたいと思うのは当然のこと」

「彼氏の一人に殴られたらしいじゃん。それで眼帯つけてるんでしょ。そいつも良い人なわけ?」

「愛情表現は人それぞれ。心配してくれてるの?」

「クラスメイトがサイコな彼氏に殺されたら目覚めが悪い」

「ありがとう。心配してくれて」


 眼帯の子は頬を緩めた。

 二人の会話は噛み合っているようで噛み合っていなかった。聞いていてイライラする。

 眼帯の子は『相対性理論』という本を棚から抜き取り、「失礼します」とその場を後にした。


「変わってますよね、あいつ」


 美沙が吐き捨てるように言った。


「秋葉もみじ――クラスメイトです。顔はそこそこ良いですけど、何考えてるのかわからない奴です。小さいころに小動物とか殺してそうなタイプですね」

「嫌いなの?」

「べつに嫌ってはいないですけど~……。ま、何度か口論はしていますね。もちろん、毎回わたしの圧勝ですが」

「ふうん」


 美沙は、「恋愛至上主義者って苦手なんですよねー、面倒くさくて」と女子高生らしくない発言をしてから、こちらに目を向けた。せんぱいも一緒ですよね、と表情だけで問いかけてくる。私はそれを無視して本棚を見た。

 恋は三日月、というタイトルの小説が目に入る。恋愛ものだとタイトルだけでわかった。

 改めて美沙の目的について考える。

 美沙は私を引き連れて校舎内を歩いている。下校時間ぎりぎりになるまで引きずり回された。

 美沙は、私が好きで一緒にいたいから、私を引き連れているわけではないと思う。

 周囲に見せつけるため、というのが最も有力な説だ。というか、それしか考えられない。

 私は全校生徒から注目を集める存在だ。そんな女子と仲良くしているところを多くの人間に見せつけることができれば、自分の株を容易に上げることができる。マウントを取れる。少なくとも美沙はそう思っているに違いなかった。

 くだらない価値観だと思う。

 そのくだらない価値観に自分が巻き込まれているのかもしれないと思うと、げんなりした。私は美沙のブランド品になってやるつもりはない。

 とはいえ、絵のことがある。下手を打つと、すべてが台無しだ。

 はやてマンに私の好きなシチュエーションの絵を定期的に描いてもらう。美沙をどうコントロールすれば、そんな未来が開けるだろう。

 弱みか――。口の中で呟く。


「せんぱい?」


 美沙が不思議そうに小首を傾げる。少し沈黙を長くし過ぎたらしい。


「なんでもないわ」


 私は平静を装い、そう言った。

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