クールな私の嫌いな後輩
円藤飛鳥
後輩は何かを企む
第1話
「……もう生き返ることはありません」
後輩は遠い目をして言った。ここではないどこかを見つめながら――。
私は彼女の横顔を、ただただ口を噤んで眺めていた。
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渋谷さんって格好いいよね、と聞こえた。黒板を見つめたまま、耳に意識を集中させる。どうやら複数人で私の話をしているらしい。
「頭がよくて美人で憧れちゃうなぁ」
「わかる~」
「自立しているって感じだよね」
「それに運動神経もいいし!」
声が大きいので彼女達の会話は丸聞こえだった。教室中に響いている。
私はゆっくりとそちらに顔を向けた。クラスメイト達が、はっとした表情をする。それから、小声で話せばよかったね、聞かれちゃったね、と示し合わせるように目を合わせた。
「なんの話?」
「あ、うん」
クラスメイトの一人が頬を朱色に染め、伏し目がちに言った。
「渋谷さん、クールで格好いいって話をしてたんだ」
「そんなことないけれど」
静かに否定する。
彼女達は、「謙虚だなー」「そういうところも格好いいよね」「好き」「性格も美人ね」「好き」「結婚してほしい」「好き」と賛辞の言葉を並べた。
私は肩を竦め、溜息をついた。
「そういうのいいから。気まずいからやめて」
「怒られちゃった」
嬉しそうに笑う。
どうでもいいという態度で、彼女達から顔を背ける。鞄に荷物を詰めながら、先ほどの言葉を反芻した。
――格好いい。
――頭がよくて美人。
「……当然でしょ」
声を大にして言いたくなる。
私、
スマホを取り出した。黒い画面に映る自分の顔を見て、うっとりとする。
艶やかなロングの黒髪、くっきりとした目鼻立ち、陶器のように白い肌。街を歩けば、大抵の人間は私に目を向ける。美術品が目の前を歩いていたら誰だって驚き、関心を示し、その美しさに恍惚とするだろう。それと同じことだ。
同性しかいない、この女学園でさえ私は注目の的だった。何度も告白されている。やはり真に美しい存在は、同性すら魅了してしまうのだ。
美しさが罪だとすれば私には死刑がふさわしいだろう。
満足してスマホを仕舞おうとした、その時だった。
「何してるんですか?」
甘ったるい声が聞こえる。そちらに顔を向け、うっと声が漏れそうになった。頬が強張っていくのを感じる。
薄く茶色に染めた髪をゴムでサイドテールにしている。制服を着崩しており、素行不良なギャルを思わせた。小柄で可愛らしい見た目をしているが、どこか小悪魔的な雰囲気を漂わせている。
私は憮然とした面持ちで答えた。
「髪が痛んでないか確認してたのよ」
「なるほど~、鏡代わりに使ってたんですね~」
スマホをポケットに仕舞う。
美沙は何かに気づいたようで、あ、と声を漏らした。それから、ニタァと嫌らしく笑った。
「ひょっとして自分の顔に見惚れてたんじゃないですかぁ? 姫子せんぱいって意外とナルシストですもんね」
声が大きい。私はぎこちない笑みを浮かべた。
「そんなんじゃないわ。美沙さんは、どうして二年の教室にいるの?」
「決まっているじゃないですか。姫子せんぱいに会いたかったからですよ。せんぱいだって、可愛い後輩に会えて嬉しいですよね?」
そうね、と棒読みで答える。美沙は、わーい、と手を上げた。嬉しいな、嬉しいな、と飛び跳ねるようにしながら繰り返す。
「せんぱい大好き~」
下品だと感じた。人前で、叫んだり跳ねたりする人間とは、一生わかりあえないと思う。どれほど嬉しいことがあっても自分にはできない芸当だ。
クラスメイト達の視線を感じる。注目を集めるのは嫌いじゃない。しかし、今は見られたくなかった。
「本当の要件は?」
早く切り上げたいので訊くと、そうですね、と美沙は腕を組んだ。
「実は、ちょっと付き合ってほしいところがあるんですよ。この後、少しだけお時間よろしいですか?」
「どうかしら……。ごめんなさい、今日は無理ね」
「え~、そんな~」
肩を落とす。
「姫子せんぱいとしたいことがあったのに……。悲しいです……」
美沙は表情を暗くした。それから、わたしに顔を近づけ、耳元で囁く。
「せんぱいに拒否権はないですから――わかってますよね?」
顔が離れていく。にんまりと笑みを浮かべていた。
この女……。
私は息を吐き出した。
「……少しだけなら付き合ってあげてもいいわ」
「わあ。ほんとですか。ありがとうございます!」
美沙の嬉しそうな表情を眺める。
周囲から、私達はどう見えているのか。わがままな後輩と面倒見のいい先輩――そういう関係に見えていることを祈るばかりだった。
やはりこの後輩は嫌いだ。
心の底からそう思う。
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