第39話(姫子視点)


 最初に足を運んだのは水族館だった。人で賑わっている。

 水槽の中の様々な魚を見つめ、美沙は目を輝かせていた。その横顔を見て、来てよかったと満足する。どうやら初めての水族館だったらしく、興奮冷めやらぬ様子だ。次々と場所を移動していった。


「せんぱい、見てください! ペンギンです!」


 何羽ものペンギンがとことこと歩いている。


「可愛い~」

「そうね」


 美沙がこちらを見て、えっ、と首を傾げる。目を細めて言った。


「自分の方が可愛いって言わないんですか?」

「私を何だと思っているのよ。カテゴリーが別でしょ」

「へえ。まともなことを言う時もあるんですね〜。……あ! シャチのショーがあっちでやってるみたいです! 行きましょう!」


 ふいに腕を掴まれ、どきりとして動きを止めた。


「せんぱい、何を惚けてるんですか! 行きますよ!」

「え? そうね……」


 足を動かす。

 腕を掴まれた程度のことで体が硬直した。やはり少し変になっていると思う。さきほどのハンバーガー店でのことが尾を引いているのかもしれない。

 切り替えよう、と思った。

 その後、水族館を一周して私達は外に出た。美沙がボーリングに行きたいと言う。


「初デートのリベンジをさせてください」


 不敵に笑った。友達とトレーニングでもしてきたのだろう。

 ボーリング場に足を運んで二ゲーム行った。やはり私の圧勝だった。


「センスが違うのよ、センスが」

「ムカつくなぁ……」


 繰り返し投球ホームを確認している。少し指導してやってから再び一ゲーム行った。今度は接戦だった。しかし、最終的には私が勝利を収めた。


「手加減しようとか思わないんですか?」


 じとっとした目で睨まれる。


「手加減? なぜ?」

「せんぱい、友達少ないですもんね~……」


 憐みの目を向けられる。

 私は鼻を鳴らした。


「少なくて結構よ。あなたがいれば他にはいらないし」


 言い返すと、美沙はそっぽを向き、「ずるいよなぁ、ほんと」と呟いた。頬が赤くなっている。


 その後、ショッピングモールで小物を見てから、デパート内のベンチに腰掛けた。

 すでに六時を回っていた。心地のいい疲労感に包まれている。


「いや~、今日は楽しかったです」


 美沙が頬を上気させながら言う。


「よかったわ」


 誘った甲斐があった。心が満たされていくのを感じた。


「せんぱい」


 美沙がこちらを見る。

 真剣さを顔に宿していた。


「昼頃、ハンバーガー屋で何か言い掛けてましたよね?」


 見つめ返す。


「あれ、何て言おうとしてたんですか?」


 硬い表情で追及してくる。まさか、改めて訊かれるとは思わなかった。

 確かにあの時の私は不自然だった。気になって当然かもしれない。

 誤魔化すのは簡単だった。

 しかし、美沙の真っ直ぐな目と視線を交差させていたら、安易な選択は取れないと悟った。

 私は口を開いた。しかし、先に声を発したのは美沙の方だった。


「あ……」


 顔に驚愕の色を張り付け、呆然と私を見つめている。

 いや、違う。背後を見ているのだ。

 私は振り返った。

 そこには見知らぬ少女が立っていた


 体の線は細いが、血色がよくセンスのいい服に身を包んでいた。髪はセミロングで、カチューシャをつけている。目鼻立ちは整っていた。

 少女は柔らかく微笑んだ。


「久しぶり、美沙」


 どうやら知り合いらしい。

 美沙は戦々恐々とした顔を浮かべた。それから、ギリギリ聞き取れるくらいの声量で呟いた。


「中原……」

 

 

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