第31話
「ツーショット撮影?」
放課後の空き教室だった。
美沙は目は細め、胡散臭い詐欺師を見るような顔を浮かべた。
「何よその目は」
私が憮然として言うと、美沙は「いえ」と目を細めたまま口を動かした。
「まともな提案すぎてどうしたのかなと。何を企んでるんですか?」
「失礼ね。何も企んでないわ。というか、いつもまともでしょ?」
「この間、わたしの足の裏によからぬことをしてきたでしょ!」
四日前のことが思い出される。
美沙がうちに遊びに来た際、足の裏を観察させてほしいと言ったのだ。美沙は眉を顰め、「え、なんでそんなことを……?」と訊いてきた。
「見たことがないからよ。あと、一日一回スキンシップしないといけないから」
そう答えると、美沙は黙って靴下を脱いだ。見るだけではスキンシップと言えないのではないか。そう指摘されたら返す言葉もなかった。しかし、互いに野暮な突っ込みはせず、淡々と事を進めていった。
美沙は壁に背中をつけて膝を曲げると、恥ずかしそうに足を持ち上げた。スカートの中が見えそうになる。しかし、私は足の裏に集中した。特別面白いところはなかった。美沙のリアクションも恐ろしく薄い。つまらないと感じた。
失敗だったか、と思い掛け、ふと悪戯心がわいた。人差し指を這わせる。
「ちょ、な、なにしているんですか突然! 汚いですからやめてください!」
聞き流して足の裏を弄りまわす。美沙は涙目になりながら口に手を当て、うめき声を上げ続けた。
あの日はちょっとやりすぎたかもしれない。反省の気持ちがわいてくる。
「口の中に指を入れてきたこともお忘れですか?」
ぎろっとした目で睨まれる。
「その件で責めてくるのは違うでしょ。私の提案を許可したのは美沙じゃない。それに気持ちよさそうにしていたわ」
「してません! するわけないじゃないですか! ほんと、何なんですか……。昨日は後ろから十分抱き着かせてほしい、なんて言ってくるし……」
「嬉しそうにしていたじゃない」
「してま……したけど! 昨日は悶々として眠れなかったんですからね! っていうか、どんどん過激になってませんか? どういうつもりですか?」
眉を吊り上げて言う。
添い寝をして以降、提案が過激になっている自覚はある。だが、それを認めるのはばつが悪かった。
「いいからツーショットよ」
強引に話を打ち切り、スマホを取り出した。いいわよね、と訊くと、美沙は黙って頷いた。
私は後輩の肩に手を置き、すっと抱き寄せた。抵抗なく胸に収まってくる。
たまには友達らしいことをしたいと思ったのだ。
体をくつっけた状態で写真を撮る。何枚か撮り、離れようとしたところで、
「待ってください」
美沙が言った。
「わたしも写真ほしいんですけど」
「あとで送るわ」
「ありがとうございます。それは嬉しいんですが、違ったポーズのものもほしくて……」
「たとえばどういうの?」
「頬をくっつけて、なんてどうでしょう……?」
後輩は大真面目な顔で言った。
スキンシップが始まり、三週間が経過しようとしている。
私と物理的距離を取るため、美沙は申請ルールを作った。スキンシップという遊びも美沙が「嫌だ」と言えば、簡単に跳ねのけられるようにしてある。スキンシップは仲を深めるための遊びで、急接近しすぎて嫌われてしまったら元も子もないから、美沙に主導権を渡しているのだ。
しかし、美沙がこちらの要求を拒んだことはこれまで一度もなかった。
口では「何を考えているんですか?」と呆れて見せつつも、最終的にはいつも許可してくれるのだ。
これでは申請ルールを敷いている意味がない。そう思うのだが、口に出して指摘することはなかった。
美沙は、嫌々というていで、この交流を楽しみたいのだろう。自分から何か求めてくることはないに違いない。そう理解していた。
だから、頬をくっつけて写真を撮ろうという提案は、かなり意外に感じられた。
ルールを敷いて以降、美沙から肉体的接触を要求されたことは一度もなかった。いつも私からだった。
どういうつもりなのか、と美沙を見つめる。
「なんですか……。わたしが写真ほしがっちゃ駄目だって言うんですか?」
「駄目ではないけれど、少し意外だったから」
「嫌なら嫌、って言ったらどうですか?」
「嫌じゃないわ」
距離を詰め、顔を寄せた。美沙が緊張の面持ちで私を受け入れる。
頬を当てた途端、体温が伝わってきた。
んっ、と声が漏れる。その声が、どちらから発せられたものだったのか、私には判断がつかなかった。
こうして密着していると、あらゆるものが混ざり合い、いずれ私達は同一個体になってしまうのではないか。そんな妄想に駆られた。
少し前までの私なら、こういう交流を嫌悪していただろう。
スマホを持ち上げたところで、美沙が言った。
「どうしてわたしとこういうことをしたがるんですか……」
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