第32話
私は持ち上げていたスマホの位置をわずかに落として、後輩の声に耳を傾けた。
「わたしって女性のことを好きになっちゃうんですよ。知っていてやってるんだとしたら、少し残酷じゃありません?」
残酷か……。私は肩を竦めて言った。
「悪いけど、そういうことは考えたこともなかったわ」
「考えてくださいよ」
溜息混じりに呟く。
頬をくっつけているので、互いの顔を見ることはできなかった。
「普通、考えるものじゃありません? わたしが変な気を起こしたらどうするつもりなんですか? なぜわたしとこういうスキンシップを取ろうとしてくるんですか?」
あなたはもみじのことが好きなんでしょ。だから、私に何かするなんてありえない。
そう言いかけ、違う言葉を吐き出した。
「今は答えられない」
「えっ……」
「写真、撮るわよ」
改めてスマホを掲げる。何枚か撮り、私達は距離を取った。
美沙が、まったく乱れていない髪を手櫛で直している。私はそれを見つめ、気づかれないように小さく息を吐き出した。
スキンシップは、美沙のいろいろな表情や反応が見れて楽しかった。美沙が付き合ってきた恋人達ですら、見れなかった表情をたくさん目にしてきていると思う。
私は、美沙のあらゆる面を知りたいと思った。全ては無理にしても、誰よりも知っておきたいと思った。私は「完璧な自分」「ぷにゅるり」、そして「美沙」を、手中に収め、安心していたいのだ。
いったいどこまでの要求なら許してくれるだろうか。
それを見定めたいから、スキンシップに興じてる面もあった。
美沙の「なぜスキンシップを取ってくるんですか?」という問いに対して、私は答えを示すことができる。でもそれは私側の理論で、美沙の不安に寄り添うものではなかった。だから「わからない」という答えに逃げざるを得なかったのだ。
客観的に見て、私のしていることは後輩を弄んでいる行為に他ならないのかもしれない。
「せんぱい、どうしました?」
小首を傾げて見つめてくる。不安の色を浮かべていた。
私は空き教室を見回した。
「ここ、美沙と仲直りした場所だったわよね」
過去を懐かしむように言う。
「あの時は大変だったわ」
「……そうですね。結局、逢引きの誤解、まだ解けてませんよね。すみませんでした」
「なぜ謝るのよ」
「せんぱいに迷惑を掛けたんだから当然ですよ」
「別に構わないわ。あなたとそういう関係だと思われたって」
美沙は目を吊り上げた。だからそういうところですよ、と呟くように言う。私は聞こえないふりをしながら窓の外を見やった。
葉に色がつき、すっかり秋を感じさせる季節が到来していた。
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