せんぱいは友達を求めてる
第13話
「ねえ、美沙。キスしましょう」
姫子せんぱいが突然、よからぬことを言い始めた。
放課後の教室だった。窓から夕日が差し込み、床に陽だまりを作っている。
わたしは、うへぇ、と顔を歪めて言った。
「なに寝ぼけたことを言ってるんですか。しませんよ、そんなこと」
「いいじゃない。私達、友達でしょ」
普通、友達同士でそんなことしないと思うんですけど……。
姫子せんぱいは何を思ったのか、端正な顔を、ぐっと近づけてきた。まつ毛の長さに目を奪われる。シャンプーの香りが鼻孔をくすぐり、変な気分になった。
これはまずい……。
姫子せんぱいの腕が伸び、わたしの顔を横切る。壁に手をついたらしい。いわゆる壁ドンだ。さらに距離を詰められ、胸と胸がくっついた。頬が熱くなる。
「ちょ、シャレにならないですって。なんでキスしたいんですか?」
「友達だからよ」
「友達ゼロ人だったせんぱいにはわからないと思いますけど、普通、友達同士でキスはしないんですよ! 近い、近い近い近い! 離れろ!」
「離れてほしいの?」
「当たり前です!」
「――嘘つき」
冷めた顔で言われ、え、と喉を震わす。
「美沙、私の唇、ガン見していたじゃない」
「……」
「図星ね。私は、友達がしたいということを、叶えてあげたいだけよ」
姫子せんぱいは口を噤むと、目を閉じた。美しい顔が迫ってくる。
今すぐ押しのけるべきだ。わたし達は、そういう関係ではないのだから。
しかし、金縛りにあったように、体が動かなかった。
もう受け入れるしかないと、ぎゅっと目を閉じたところで、上空に放り出されるような浮遊感を覚えた。
「……え?」
床を見て驚愕する。本当に浮き上がっていた。そこでようやく気付く。
「夢かよこれ……」
▼
目を覚ますと、すでに授業は終わっていた。
タブレットを片付けながら先ほど見たばかりの夢を反芻する。
姫子せんぱいにキスを迫られ、宙に浮いた。
もちろん、単なる夢だ。気にすることじゃない。
だけど……。
わたしは頭を抱え、溜息をついた。
昨日、姫子せんぱいに呼び出され、嘘を暴かれた。そして、関係を維持しようと提案され、それに同意した。
そこで終わっていればよかったのだ。
「なんで抱き着いてくるかな……」
舌打ちする。
ぷにゅるりアニメ化決定を知った姫子せんぱいに抱き着かれたことで、わたしの中によくない感情が芽生え始めている。
女子特有の、ベタベタなスキンシップには慣れているつもりだ。
だが、姫子せんぱいにされるとなると、話は別だった。
あの人は、他人とベタベタすることを忌み嫌う、偏屈ナルシスト人間だ。自分とマリンちゃんしか愛せない、オタク美少女でもある。
そんな人が、わたしと一緒にいたいと言った。そのうえ、抱き着いてきたのだ。
いや、まぁ、抱き着いてきたのは、ぷにゅるりのアニメ化を知りテンションが上がったからで、別にわたしのことが好きで抱き着いてきたわけではないんだろうけど。
しかし、抱き着かれたのは変えようのない事実だった。
「次、どんな顔して会えばいいんだよ」
わたしは溜息交じりに呟いた。
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