第15話


 校門の前に行くと、姫子せんぱいが立っていた。

 黙々とスマホをいじっている。突っ立っているだけなのに、まるで映画のワンシーンのようだった。

 わたしは、よし、と覚悟を決め、姫子せんぱいの前に姿を現した。


「お待たせしました~」

「……」

「せんぱい?」


 まさかのノーリアクション。

 観察して気付く。ワイヤレスイヤフォンをつけていた。音楽を聴いているのだろう。

 後ろから画面を覗き込むと、SNSを開いていた。ぷにゅるり最新話の感想を読み漁っていたらしい。

 姫子せんぱいの横顔がふいに強張る。

 マリンちゃんの悪口が書かかれていたのだ。姫子せんぱいは、「許せない……死……」と呟きながら反論の書き込みを始めようとしている。

 不毛過ぎるな……。


「姫子せんぱい、美沙ですよ! せんぱいの大大大好きな、可愛い後輩ちゃんが来てますよ~」

「うるさい」


 イヤフォンを外して、不快さを隠そうとしないで言った。


「今、忙しいの。後にして」

「いちいちアンチに絡んでも仕方ないと思いますけどね~」

「あなた、画面を見たの?」


 睨みつけられる。文句を言われるかもしれない、と身構えていたら、


「そう……。それなら話が早いわね。一緒にこのマリンちゃんアンチを攻撃するわよ。準備して」


 過激だなぁ……。カルシウム不足してるんじゃないか。

 わたしは苦笑しながら言った。


「姫子せんぱいって、他人のことなんてどうでもいいってキャラですよね。らしくないですよ」

「……確かに、それもそうね」


 槍を下ろすようにスマホをポケットに仕舞う。


「まだアニメ化発表の熱に浮かされていたみたい」

「あはは、珍しいですね。……またわたしに抱き着くみたいな奇行は勘弁ですよ」


 語尾が震えそうになる。言ったことを少しだけ後悔した。しかし、姫子せんぱいがあの件をどう思っているのか知りたかったのだ。

 こちらに冷めた顔を向け、口を開く。


「約束できないわね」


 意外な返しだった。え、と目を見開く。


「テンションが上がったら、また抱き着いてしまうかもしれないわ」

「……え、えぇ……」


 姫子せんぱいは「行くわよ」と歩き出した。慌ててついていく。横顔からは、何の感情も読み取れなかった。

 姫子せんぱいのことだから、「もう二度としないわ。絶対に」と言ってくるものだと思っていた。

 また抱き着いてしまうかもしれないと、姫子せんぱいは言った。つまり……。

 いや、と首を横に振る。これ以上、掘り下げて考えてはいけない。

 再び横顔を見る。唇に視線が吸い寄せられた。

 わたしは姫子せんぱいの唇の感触を知らない。

 当たり前だ。キスしたことなんてないんだから。夢の中でも、結局、キスには至らなかった。


「何?」


 こちらに目を向けてくる。わたしは満面の笑みを浮かべた。


「いや~、姫子せんぱいの美しい顔を鑑賞してたんですよ。友達の特権ですね」

「そんな特権を与えたつもりはないわ――と言いたいところだけど」


 ふっと微笑む。


「存分に鑑賞なさい。あとで私のキメ顔の写真を送ってあげるわ。なんだったら、あなたが表情を指定してもいいわよ」

「え? あ、ああ……。ありがとう、ございます……」


 ごにょごにょと口を動かす。

 おかしい。

 姫子せんぱい、優しすぎないか?

 ウィンクに続き、好きな表情の写メを送ってくれると言う。

 これ、ドッキリなのでは?

 ひょっとして、抱き着かれた時から、ドッキリが始まっていた?

 そうとしか思えないのだが……。


「ついたわ」


 学校から徒歩十数分、わたし達は目的の場所に到着した。

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