第29話

 中庭に到着すると、強い陽射しが顔にあたり目を細めた。美沙も同じようにしている。

 突如、「あ~」と気の抜けた声が聞こえた。そちらに目を向けると、ゆるふわウェーブ髪の少女がこちらを見みていた。やば、という感じで、口に手を当てている。どうやら彼女の声だったらしい。その横にいた長身でボーイッシュな感じの生徒が、「こら、邪魔しない」と少女に注意していた。


「知り合い?」

「クラスメイトです……」


 硬い表情で言う。若干、頬を赤らめていた。たぶん見られたくなかったのだろう。以前とは真逆の関係になっているな、と感慨を覚える。少し前までは私が見られたくない側だった。

 私は二人のもとに近寄った。予想外の行動だったようで、「え? え? どうするつもりですか?」と訊かれる。無視した。

 二人の前に立つ。

 なるほど、二人共タイプの違う美少女だった。私ほどではないが綺麗だ。おそらく美沙と同じグループに属している子達だろう。


「二人共、美沙の友達なのよね?」


 中性的な方が「はい、そうです」と頷く。ゆるふわウェーブの子も「そうです~。美沙っちとは親友なんだ~」と笑った。どちらも私を前にしているのに、怖気づく様子を見せなかった。珍しい反応だ。


「今度でいいから、あなた達に美沙のことをいろいろと教えてもらいたいわ。この子、恥ずかしがってクラスでのことをあまり話してくれないから」

「ちょっ……」


 美沙が腕に力を込めて何か言い掛けた。しかし今は分が悪いと思ったのか、口を閉ざして、ぷいと顔を背ける。


「もちろんいいですよ~、何でも聞いてください~。美沙っち、愛されてるねっ」


 ゆるふわウェーブの子がにやにやと笑いながら言い、「わかりました。美沙がよければという条件付きですけど」ともう一人の方も頷いた。美沙は口を硬く閉ざしたまま壁の方を向いている。


「邪魔して悪かったわね」

「ただ雑談していただけだったので。むしろ先輩と話せて嬉しかったです」

「コイバナしてたんだよねっ。さくら、今、恋してるんだ~」


 ゆるふわウェーブの子が、脱力するような声を発した。

 中性的な子が大真面目な顔で言う。

 

「さくら、余計なことは言わなくていいと思うよ」

「は? 余計なことって何なん! さくらの恋は余計なことじゃないもん!」

「そういうことが言いたかったんじゃない」

「じゃあどういうこと? さくら馬鹿だからちゃんと説明してくれなきゃわかんないよ」

「渋谷先輩には関係ないって意味」

「え~。でもそれを言ったら千代田にも関係ないじゃん。なんでさくらの話を聞いてくれてるの?」

「友達だからだよ。友達は、友達のコイバナを聞くものだからね。たとえ興味がなかったとしても、聞くことで友情を示すんだ」

「えっ、じゃあ何? 千代田はさくらのコイバナ興味ない状態で聞いてたの? あのアドバイスは全部テキトー!? ひ、酷い! 最低! この変態!」

「いやそれは言葉の綾で……変態?」


 二人が掛け合いを始めたので、私達は辞することにした。最後に名前を教えてもらい、別れの挨拶をしてから踵を返す。さくらが「美沙っち~、がんば~」と言い、「そういう余計なことは……」と千代田が遮るようにして言っているのが聞こえた。いいコンビなのだろう。

 校舎内に入り、少し歩いたところで、美沙が睨みつけてきた。


「さっきのは何ですか」


 不貞腐れながら言う。


「ああいうことするとは聞いてませんでしたよ」

「駄目だった?」

「これからは許可を取ってからにしてください」

「申請ルールに加える?」

「加えます!」


 ぷりぷりと怒っている。なぜそこまで怒るのか釈然としなかった。

 自分の気持ちを素直に吐露する。


「美沙の友達がどういう人間なのか、知りたかったのよ。悪気はなかったの」

「はぁ……。何ですかそれ、ずるいですよ」

「何がずるいの?」

「何でもありません!」


 美沙はまた、ぷいっと顔を逸らした。腕に抱き着いてくる力が増した気がした。

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