第18話
クッキーを口に運びながら、姫子せんぱいの背中を眺める。悪戦苦闘しているようだ。
やることがないからゲームをしよう、という話になっていた。
姫子せんぱいは、これまでの人生で、ゲームをプレイしたことが一度もなかったらしい。今日、初めて妹から借りたものをプレイするそうだ。
しかし、テレビに接続する方法がわからないらしく、何度も首を捻り、コードの抜き差しを繰り返している。
「姫子せんぱいって、これまで友達いたことあるんですか?」
ふいに気になって尋ねると、姫子せんぱいはこちらに背中を向けたまま答えた。
「ないわね」
「うわ、めっちゃ正直に言いますね。普通は嘘でもあるって言いません?」
「なぜよ」
「なぜって……。十代女子っていうのは友達の多さで評価されるものなんですよ。常識ですよ、常識」
「くだらない」
吐き捨てるように言われた。
「私にも一応、友達のようなものは何人かいたわ。でも、すぐ鬱陶しくなって距離を取った。その経験から他人は必要ないとわかったのよ」
「なるほど~。あ、でも……」
ニタァと笑う。
「ドライなせんぱいでも、可愛い後輩ちゃんのことは必要みたいですね。家に呼んでいるってことは、そういうことで合ってますよね?」
煽るように訊くと、姫子せんぱいは振り返り、真顔のまま口を開いた。
「そうね、美沙は必要よ。だから一緒にいるの」
それだけ言い残して、また前を向く。黙々と作業を続けた。
わたしは胸を抑え、「うぐぅぅぅ……」と奇声を発した。
さっきから何なんだ、この人。頭でもぶつけて変になったか?
それとも、また何かを狙って、わたしを篭絡しようとしている?
「……そ、そういえば、マリンちゃんグッズ、部屋にありませんね」
動揺を隠しながら言う。
姫子せんぱいはゲーム機を弄りながら答えた。
「クローゼットの中よ」
「あそこにエロ本の山が……」
「セクシャルなものがあることは否定しないけれど、健全なものの方が多いわ。とはいえ、セクシャルなものの中にこそ傑作が二冊あるのよね。そうだ、今日、貸しましょうか?」
「あ、いいです。いらないです」
即答する。思わず本音も出た。
姫子せんぱいは作業をやめてこちらに顔を向けた。
「友達っていうのは趣味を共有するものなんでしょ?」
エロ本の共有はちょっと……。
「読みたいのはやまやまなんですけどね~。家族に見つかったら大変なので」
「あなたの家、エロ同人作家の姉がいるじゃない」
「はやてマンも親にバレないように気を付けながら描いてるんですよ」
「本当に面白いのよ。読まなくていいの?」
「お気持ちだけで結構ですから」
手を前に突き出す。
姫子せんぱいは「荷物になるものね」と変な納得の仕方をしてから顎に手を当てた。それから、妙案を思いついたという顔で口を開く。
「電子書籍で貸しましょうか? それなら人前で読めるし、もっとたくさん貸すこともできるわ」
「いやあのほんと、マジでいらないんで。やめてください。ほんと、いらないんで」
「そう……」
姫子せんぱいは、しょんぼりと肩を落とした。珍しい光景だった。学校では絶対見せない表情だと思う。
本当は読んでもよかった。いやむしろ、姫子せんぱいのおすすめだったら読んでみたい気持ちは人一倍あった。
でも、上野美沙が読むのは、許されないと思うのだ。
おすすめ同人誌を読んでしまったら、姫子せんぱいの性癖を把握してしまうだろう。わたしが知ってしまうのは、いろいろな意味でよくないんじゃないかと思う。
アンフェアな気がするのだ。
「……考えすぎだよなぁ……」
わたしは自分の呟きを、口の中で転がした。
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