第11話
チャイムの音が鳴る。授業開始の合図だが、私達はそれを無視した。どちらも黙った状態で、互いを見つめている。
美沙が、ふっと鼻を鳴らした。肩から力を抜き、溜息をつく。
「で?」
また嘲るような態度を取った。
「だからなんだっていうんですか。昔の同級生に連絡を取ったらわかることだと思うので言いますけど、確かに、A子はわたしのことでした。姉の書き込みは事実ですよ。わたしってこう見えて、昔はいじめられっ子だったんです。意外でしょ?」
自分の傷口を見せつけるように言う。
「私に嘘をついていたということね」
「そうですね。せんぱいばかりを嘘つき扱いしてすみませんでした。――はい、これで満足ですか? もう戻っていいでしょうか?」
にこりと笑う。
話を終わらせたくて仕方ないらしい。
そうはいくか。
「ストーカー気味の女子を諦めさせるために、私と付き合っているふりをしていた。あなたはそう言ったわね」
「ですね」
「なぜ問題が解決したのに私とデートしたの?」
美沙は黙った。
「すでに解決していたのなら、デートをする必要なんてなかったはずでしょ。明らかにおかしい」
「それは……デートする仲だと思ってくれれば、よりその子の脅威から逃れられると思って」
「なら、デート中に関係解消すると言ったのはなぜ? 本当にそんな脅威があったのなら、こちらの提案を受け入れるべきだったんじゃないの?」
一つの矛盾が新たな矛盾を生み出している。美沙は眉を顰めていた。頭をフル回転させているのだろう。
私は畳み掛けた。
「私と仲良くしているところを見せつけたい人物が、他にいた。そう考えれば辻褄が合う。お姉さんのブログでA子は――美沙は、クラスメイトに恋をしたと書かれてあった。デートをしているところを見せつければ、その人を振り向かせられると思ったんでしょ」
でも、と続ける。
「それは無理だとわかった。あのデートした日、とある人物との会話をあなたに話した。その中身を聞いて、あなたは完全に脈がないとわかった。だから、私との関係を断ち切ろうとした。違う?」
「……ちが」
「私を舐めないで」
距離を詰め、思い切り睨みつけた。美沙が初めて脅えの色を浮かべた。
「このことは、もみじさんに言うつもりよ。あなたの本音を知ってもらう良い機会だと思うわ」
「そ、そんなことをしたら絵のことは諦めてもらいますからね」
美沙が動揺を浮かべて言った。
「別にいいわ」
淡々と言う。
「そもそも無茶なお願いだった。それに、はやてマンにははやてマンの描きたいものがあって、それを描いてもらった方がいいと気づいたの。そろそろ戻らないと教師が探しに来るかもしれない。行くわ」
「待って!」
腕を掴んでくる。
「そんな必死になる必要はないでしょ。こんな話、誰も信じない」
「もみじには話さないでください!」
美沙が顔を真っ赤にして言う。癇癪を起した子供のようだった。
「認めますよ! 確かにわたしは、もみじに見せつけようと思ってました! でも、せんぱいの言っているような理由からではありません。当てつけだったんですよ!」
本音を披露したからか、美沙は少し冷静さを取り戻したようだった。息を吐き出してから顔をこちらに向ける。すべてを諦めた表情をしていた。事の真相を語っていく。
美沙ともみじは、どうやら短い期間付き合っていたらしい。
美沙がA子の件を話した時のことだ。もみじはすぐにA子=美沙だと見抜いた。そして、自分と付き合ってみないか、そうすれば今度こそ恋の素晴らしさに気づけるはずだと、提案してきたという。最初は一蹴した。しかし、何度も告白されるうちに気が変わり、一度だけ付き合ってみようと考えを変えた。
「あいつは変なところがあるけど一緒にいて楽しい奴でした。周囲に犬猿の仲だと思わせ、こっそり裏で付き合うというシチュエーションにも興奮しました」
しかし、彼女には許しがたいところがあった。複数の恋人を作るという点だ。それを承知のうえで付き合った美沙だが、もみじと仲良くなればなるほど、その点に目を瞑るのが難しくなった。嫌味や口論が増え、最終的に関係は破綻した。
「もみじに言われました。美沙は幽霊を信じられなくて可哀想だと。そのことが忘れられないんです。――余計なお世話だと思いませんか? そもそも、関係が破綻したのは明らかにもみじのせいですよ。せんぱいもそう思いますよね!」
鬱憤が溜まっていたのか、吐き捨てるように言った。
「もみじを見返してやりたかったんですよ。全校生徒憧れのせんぱいと自分は付き合えるんだぞって。お前なんかもういらないんだぞって。それなのに……」
目尻を下げる。
「もみじはわたしが誰と付き合おうと興味を持とうとしませんでした。別れたばかりの女が、他の、自分よりも美人で人気な女と付き合っているのに、です。普通もう少し何かあるでしょ。嫉妬で怒るとか、悔しがるとか――どうして、人を好きになれて良かったね、なんて他人行儀なことを言えるんですか。なんで……」
最後の言葉が掠れる。
美沙は振り向いてほしかったのかもしれない。もう一度、付き合えることを期待していたのかもしれない。
美沙の声が遠くなる。
結局のところ、私はあくまで、もみじを釣るための道具でしかなかったのだ。
その事実を突き付けられ、胸の奥にちくりとしたものを感じた。
美沙の口から、もみじという名前が出てくるたびにムカムカした。これだけ自分を翻弄した存在が、なぜ、もみじ如きに執着するのか。
なぜ美沙が嫌いなのか。その理由がわかった気がする。
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