番外編

番外編1 ルシェルと寝かしつけ

 これは、私がカイナス様の執筆にオーダーを入れるようになってからの話だ。


 

 ふと、『私の最高に好きな物語とはどんなものなのだろう』と思った。


 

 そう思って――、それを、体系的に整理し始めた。


 


 ■■



「――ルシェル。寝ないのか?」


 夜のリビングルームで。

 これまで読んできた本の好きなポイント。

 キャラクター。

 世界観。

 ソファに座って、過去の自分の読書歴から資料をまとめていたら、カイナス様にそう問われた。

 

 ちなみに、読書日記をつけていたので、過去の読書歴はそこから持ってきています。

 

 読書日記はいい――。

 

 同じ本でも、過去と今、読み手の成長度合いで着眼点や感情移入するポイント、人物が変わる。

 昔はなんとも思わなかったキャラクターが、大人になってから読み返すと、物凄く共感できるようになっているということもあるのだ。

 そういう意味で、記録を読み返した時にも、自分で新たな発見がある。

 ああ、昔はこんなことを思っていたんだなあ、とか。


 おっと、話が脱線した。


「私は、もう少し資料をまとめてから寝るので。カイナス様は先にお休みになっていていいですよ」


 ちょうど、勢いがついてきて楽しくなってきたところだ。

 過去の読書歴の感想を読みながら、あれもまた読みたいし、これもまた読みたい――、などと思い始めていたので、つい、カイナス様そっちのけになってしまって――。


「…………」

「わっ」


 私の言葉に、無言でいたカイナス様が、ソファに座っていた私を転がし、そのまま膝裏に手を入れ私を横抱きに掬い上げる。


「え? カイナス様?」


 私の問いかけを無視し、スタスタと寝室に運び込まれた私は、そのまま優しくごろりと寝台に転がされる。



 え?

 あ、これって――。

 


 大人の時間を求められているのかと思い、どきりと一瞬身構えたが、そんな私を知ってか知らずか、カイナス様は私の額を人差し指でツン、と突く。



「働きすぎだ。昨日もあんまり寝てないだろう」



 と。

 甲斐甲斐しく、私を寝かしつけようとしてきた。



 え――?

 私の旦那様、優しすぎやありません――――?



 もしかしたら。

 これが、もう少し一緒に過ごした時間の長い熟年夫婦なら「私は私のやりたいことがあるんだから! あんたは先に寝なさいよ!」みたいなことを思うのかもしれないが。(なにかの小説で見た)


 新婚夫婦――、なんなら両想いになりたての夫婦にとっては、胸キュン事件でしかない出来事だった。



 私の顔にかかる前髪をせっせと払いのけるカイナス様を眼前に、胸をときめかせながら私は言った。



「じゃあ、今日はカイナス様が私を寝かしつけてくれるんですか?」



 子守唄か。

 はたまた寝物語の読み聞かせか。


 いずれにしても、カイナス様の美声ならさぞ心地よいだろう、とワクワクしながら目の前の夫を見つめた。



「さて――? 奥方は何をご所望だろうか」



 そう言って、カイナス様は私の額に口づけをする。

 私は、それがなんだか嬉しくて、「ふふっ」と笑いながらカイナス様の懐に飛び込む。



 そうしてそのまま、カイナス様が読み聞かせてくれるお伽噺を寝物語に、うとうとと夢の世界に落ちていく。

 よく響く低音が――。

 本当に、気持ちが良いくらいに眠りへと誘ってくれる。



 暖かい寝具。

 大好きな物語。

 ――大好きな人。



 こんなに幸せな眠りはあるだろうか。



 ああ、私いま本当に、幸せだ――。

 そう。思いながら。

 ゆらゆらと眠りについた。

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