番外編2 できる皇妃の苦手なこと

 決算やら年間事業の報告会やらの繁忙期が一区切りし。

 少し時間ができたので、久しぶりに厨房を借りてお菓子作りなどをしてみた。



 もちろんそれは――、推し作家でもあり、夫でもあるカイナス様へのねぎらいのためにだ。



 朝から焼いたガトーショコラを皿に盛り付け、ケーキに合った茶葉を選び、自らお茶を淹れた。



「カイナス様」



 コンコン、と、執務室のドアを叩く。

 ああ、とカイナス様の声が聞こえたので、入っていいということなのだと理解してドアを開ける。

 日中は作家業ではなく皇帝業を行う時間なので、たいていカイナス様は執務室にいるのだ。



「ケーキを焼いてきたので、よかったら休憩しませんか?」



 入り口から部屋を覗き込み、カイナス様にそう告げる。

 それを聞いたカイナス様が――どうやら、ちょうど業務も一区切りついたところだったらしく、執務机に座って眉間を揉んでいた体勢から「……ルシェルが作ってきたのか?」と驚くような声を上げた。



「そうですよ。たまには手作りもいいかなと思いまして」



 皇宮の料理長の作ったものと比べると豪華さには欠けるが、手作りには手作りの美味しさというものがある、と私は思っている。

 

 

 もともとは公務に疲れた時や行き詰まった時の気分転換のために始めた趣味の一環のようなものだったが、意外にもそれが性に合っていたのか、時々ふと衝動に駆られてはお菓子を作り出すことがあるのだった。



 執務室に置かれた応接セットの上にお茶とケーキを置くと、仕事の手を止めたカイナス様がこちらに向かって移動してくる。



 そうしてソファに腰掛け、ケーキの乗った皿を持ち上げては、まじまじとをそれを見、ぱくりと口に運んだ。



「……うまい」

「そう言ってもらえて何よりです。私も作った甲斐があります」


 

 言いながら、自らの分を手に持ち、私も一切れ口に運ぶ。

 うん。美味しい。

 一応味見はしてきていたのでわかってはいたが、食べてほしい人の目の前で自らも再確認して、満足して頬を緩める。



「――時々、ルシェルがあまりに万能すぎて、できないことなんてないんじゃないかという思いに駆られるんだが」



 お茶を口にしながら、カイナス様が苦笑する。

 

 

「そんなことありませんよ。私だって苦手なことくらいあります」

「ほう。例えば?」

「そうですね……例えば。この、ケーキ作りにしたって。こういった混ぜて焼くだけだったら簡単にできますけど、デコレーションケーキみたいに、生クリームで飾り立てて美しく、って言われると途端にできなくなります」

「……そういうものか?」

「なんというか……、決まった手順通りに作業する、とか、できているものを是正する、っていうのは得意なんですけど。ゼロからえがいたり創作したりっていう、センスを求められることが苦手で」



 だから、物語を書いたり、詩歌を創作したり、というのはあまり得意ではないのだ。

 模写とか模倣ならまだなんとかできるのだが。

 1出来ているものを100にするのは得意だが、0から1にするというのが苦手なのだなあ、と自覚している。



「どちらかというとカイナス様はそっちの方が得意じゃないですか。だからきっと、うまくいくんですよ私たち」

「そうか……」



 と。 

 そう言うとそれきり、カイナス様が押し黙ってしまって。



 ………………。



 ……あれ? ……照れてる?



 よく見ると、カイナス様の耳の端が少し赤くなっていて。




 うわー!! 珍しいものを見た!!



 と、私もつられてキュンとしてしまった。



 なんだか、無性に嬉しくなって、いそいそとカイナス様の隣に移動して座り直す。



「……なんだ?」

「いえ。ただちょっと。隣に座りたくなっただけです」



 そう言いながら、自分の側に置いていたお茶とケーキをそばに引き寄せる。



 その日は結局、最後までカイナス様に寄り添いながらお茶をした。


 

 こんなことがあるなら、たまにはお菓子作りをするのも悪くはないな、と思ったのだった。

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