第20話 【SIDEアルベルト】スレーナと帝国にくる 〜王太子剥奪カウントダウン〜

 グリンゼラスから馬車に揺られて数日――。

 私とスレーナは、オルテニア帝国の帝都に程近い街で、帝都入り前の最後の宿で休憩すべく、街に滞在していた。


「アルベルト様、あちらの店も見て回ってよろしいですか?」


 道中、慣れない長旅で度々「気持ち悪い……」などと言っては戻していたスレーナだったが、街についてからは現金なものでこの様子だ。

 グリンゼラスには無い、目新しい店を見つけては、入ってみたいと言って連れ回されている。


 正直――オルテニアは、グリンゼラスよりも街並みも商業も盛えているのだと言う事実は否めなかった。

 今いるこの街でさえ、グリンゼラスの首都と同等――、いや、それ以上に賑わっているように見えるのに、帝都はこれよりもさらに盛況なのだと言う。

 悔しさを覚えないわけではなかったが、ここで得た知識を私が自国で活かすことができれば、この程度のこときっと自分にも成し得ることはできるだろうと思った。

 むしろ、こんな大都市を抱える国に嫁いだルシェルが、自分の力でこんな大国を治めることもできず、きっと周囲から無能扱いされているだろうということを想像したら、少し胸がスッとした。



 スレーナが買い物している間、貴族用に用意された店内の休憩スペースで寛いでいると、見知らぬ男が現れ、私に近づいて訪ねてきた。


「失礼……、隣、よろしいだろうか?」


 やたらと気安い様子で話しかけてくる優男に「なんだ?」と思ったが、まともに相手にしてもしょうがないと思ったので、手振りで好きにしろと示す。

 確かに、他の席は誰かしらが使用していて、空いている席はここしかないようだった。


「いやあ、助かる……! なんせ今、どこも皇帝陛下の成婚祭で混み合っていて……。休憩するのも一苦労だよ」


 そう言いながら男は、はあ、と大きく息をつきながら、どさりと椅子に座り込む。


「もしや貴殿も、結婚式のために帝国にやってきたクチかな? まあ、そういう私もそうなんだけどね――」


 へらりと笑う男は、どうやら皇帝の結婚式に呼ばれるほどの賓客だったようで。

 ぱっと見ではただの軽薄な優男にしか見えないが、しかしこの高級店に出入りできる様な財産を持つたぐいの者なのだ。

 あまり雑に対応するよりは、最低限の礼は尽くしておいたほうがいいかもしれないと思った。


「もうさ、大陸の最北端から来るのは大変だったよ。遠いし。ていうか、突然統治しろとか言われて行かされたのに、結婚するから戻ってこいとか身勝手すぎると思わない? ああごめん、初対面の人に愚痴っちゃった。ダメだねえ。こういうとこ」


 ――で、貴殿はどこから来たの?

 

 と、先に述べた反省が全く活かされていない様子でけろりと尋ねてくる。

 最北端、と言うと、もともとあった、確かノルなんとかとかいう国を、帝国が征服したはずだ。

 とすると、この男の言うことを信じるのであれば、この男が皇帝に命じられてそのノルなんとかという国を統治したということで。

 つまりは――、オルテニア帝国の有力な貴族である可能性が高い。


「……グリンゼラスだ」


 無視をするのは流石に不味かろうと思い、端的に男の質問に答える。


「グリンゼラスかぁ。いいとこだよねえ。緑も多いし、資源も――、ってあれ? グリンゼラスってことは、この度の皇妃様の出身国じゃないか」


 男が、はたと気づいた様にこちらに向かって続けてくる。


「これはこれは、大層なお客さまに出会っちゃったなあ。あ、よかったら、コーヒーでも一杯いかがです?」


 そう言いながら、男がコーヒーを頼むために店員に向かって手を上げる。


「いやあほんと、あの皇帝陛下を落ち着かせてくれる女性が現れるなんて、感謝しても仕切れないくらいですよ。おまけに、超優秀で超美人だっていうじゃないか」

「……超美人で、超優秀?」


 くだらない戯言に、ハッ、と吐き捨てる。


「そんなの、ただの情報操作だ。実際には、地味で凡庸な女でしかない」


 あのルシェルが、超美人で超優秀?

 皇帝もとんだデマを流してくれたものだと思う。

 大衆の印象を良くするための手段だとは思うが、そんなに現実と乖離かいりした情報を流しても、いずれボロが出るだけなのに。

 皇帝の意外な底の浅さに、苦笑しか出なかった。

 ルシェルの何が良かったのかは知らないが、大国の皇帝でも恋に溺れると盲目になるらしい。


「地味で凡庸? 皇妃様が? ――本当に?」

「実際に見ればわかりますよ。どちらが言っていることが正しいのかがね」


 そう。実際に見ればわかるのだ。

 火を見るよりも明らかに。


「アルベルト様ぁ〜!」


 ちょうどそう思ったところに、スレーナが明るい笑顔を浮かべてこちらに戻ってきた。


「ああ、ちょうど連れが戻ってきた様だ。せっかくの席だが、失礼させていただこう」


 そう言って、どこか腑に落ちていなさそうな男を置いて、さっと席を立つ。

 誇張されたルシェルの噂話を聞いて、少し不快な気持ちになる。

 しかし、その後で見る着飾ったスレーナの姿は、より一層スレーナの美しさが眩しく見える気がした。


 そうだ。

 皇帝の選んだルシェルよりも、私のスレーナの方がよほど賢く美しい。

 結婚式の席でも、スレーナを美しく着飾って、見窄らしいルシェルより、スレーナの方が数倍美しく魅力的であることを見せつけてやるのだ。


 それが、私を捨てて帝国に行ったルシェルへの報いなのだと。

 信じて疑わなかった。

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