第21話 ルシェル、恋心を自覚する

「お姉さま……! 何で私を夜会に呼んでくださらなかったのおぉ……!」


 夜会を終えてから数日後。

 いつもの勉強会の席に姿を表したミラベル様が、開口一番私に不服を申し立ててきた。


「ミラベル様はまだ、15歳ではないですか」

「そんなこと言ったら、お姉さまだって!」

「わ、私は……」


 一応これでも、17歳ですから、と言いかけて、年齢を根拠にしても何の説得力もないかと思い、喉奥に収める。

 

「皇妃として、しなければならない務めだったのですよ。私も、本当はミラベル様をお呼びしたかったんです」


 嘘は言っていない。

 だってもう私は、ミラベル様を妹みたいに可愛いと思っているし、呼ばないとこうなるだろうなあという予測もうっすらできてはいたのだから。

 でも、この間のような政治的な目的を持って開いた夜会にミラベル様を招待して、あの場で目的を果たせたかと言われると――? 

 正直なところ、ちょっと難しかったのではないかと思う。

 そう思ったから、ミラベル様には申し訳ないと思ったが、実利のために今回は心を鬼にして招待状から外させてもらったのだ。


 そんな言い訳をひとり心中で考えていたら、私の言葉に涙目になったミラベル様が、机につっぷしながら心から悲しそうに呟いた。


「……でも、私もお姉さまの綺麗な姿、見たかったなぁ……」


 ……。

 えっ……?

 か……、かわいい……!?

 あれっ、妹ってこんなに可愛いものだったんですか?

 いじけながらも私に向かってそう伝えてくるミラベル様の姿を見て、私は今まで感じたことのない新たなときめきを知ってしまったのだった。


「でも、ミラベル様――」

「それは、結婚式の時に改めて見れば良いだろう」


 私の言葉に被せて、聞き慣れた耳触りのいい低音が飛び込んでくる。


「カイナス様」

「ルシェル、迎えにきた。式の打ち合わせの時間だ」


 そう言ってカイナス様が、私の真横に立ち、すっと手を差し出して来る。


「ではミラベル様。今日はここまでですね」


 私はミラベル様ににこりと軽く挨拶をして、カイナス様の手を取り立ち上がろうとする。

 が。

 立ち上がったところで、ふっ、と額に生暖かい感触が当たった。


 ――カイナス様の唇が、私の額に触れたのだ――。


 私がびっくりしてカイナス様を見上げると、カイナス様は一瞬遅れて私の視線の意味を理解したのか「ああ、すまない、つい」と軽い調子で謝罪された。


 ああ、すまない、つい……!?


 衝撃すぎて未だ現実に戻ってこれない私に、カイナス様は「ルシェル、ほら」と私を促し、式の打ち合わせへと連れ立てて行こうとする。

 カイナス様に促されるまま、よろよろと打ち合わせに向かい足を動かす私だったが、背後から聞こえた「あの二人……、何かあったんですの……?」と訝しむ声に、答えるだけの余力はもはや残っていなかった。



 ――確かに。

 何かがあったのか、と言われると。

 あの夜会の後から、私たちの――と言うか主にカイナス様の私への――距離が縮まったように思う。

 私も、カイナス様のために一つ大きな段階をクリアできたと言う自負があったし、カイナス様も前より――私に触れるのを遠慮しなくなってきた様に思える。

 

 今みたいに、突然額に口づけをしてくることこそ初めてだったが、会議に出るときや、一緒に仕事をするときの距離感も以前より近くなった気がするし、夜の報告の時間も、私の隣に座って常にどこかしら私に触れている、と言うのが当たり前になっていた。


 その度に、私の胸の奥の方がキュッと切なくなって、何ともいえない、泣きたい様な気持ちになる。

 応えたいような気もするし、そうするにはまだ早いのでは? は、はしたない女と思われるのでは――? という気持ちが躊躇を生む。

 認めざるを得ない。


 ――私は、この人が好きなのだ。


 私をエスコートしながら――それでも私の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれる、私よりも頭一つ半くらい大きな身長の男性を、歩きながらこっそりと見上げる。

 アルベルト様と一緒にいる時に感じていたものとは全然違う。

 もっと大きな、自分の理性なんかじゃどうしようもできないものに、私は今、飲み込まれている。

 抑えようと思っても、後から後から溢れてきて、私を溺れさせるのだ。


 ――どうしてあの時、愛妾を持ってもいいなんてこと、口にすることができたんだろう?


 どうして、たった数日の間に、自分の気持ちがこうも大きく膨れあがってしまったのか。

 いったい、何がきっかけだったのか。

 ――わからない。

 もしかしたらそれは、少しずつ降り積もったものが飽和して、溢れ出てしまったのかもしれない。

 ただ、一つだけ確かに言えることは。

 私が彼の特別になりたいと、心から思うようになったということだ。

 唯一無二の存在でありたいと。

 

 皇帝であるとか、エルマ・テラーであるとか、そんなこと関係なく彼が好きで。

 隣に、並び立てる存在でありたい。

 彼の隣で、私も、彼を照らせるくらいに、輝かせる存在でありたい。

 

 そのために、彼が皇帝である以上、誰からも認められる皇妃でいなければならないと思ったのだ。

 母国で、埋もれてしまっていた私を見つけて、拾い上げてくれたこの人のために。


 私は、私自身を妥協なく、輝かせることを決めたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る