第4話 エーデルワイス公爵家の父と娘

 そうして、皇帝陛下の部屋を退室し家に帰りついた私は、憧れの作家のサインを手に自室で呆然と寝台に座り込んでいた。

 ――今日1日で、あまりにもいろんなことがありすぎた。


 しばらくそのままぼうっとしていたら、コンコン、と部屋のドアがノックされた。


「ルシェル。私だ」

「お父様」


 執事から、私の帰宅を聞きつけたであろう父が私のもとへとやってきたのだ。

 さっ、とサインを見えないところに隠し、身だしなみを整えてから父を出迎える。

 かちゃ、と静かにドアが開く。


「ルシェル、お前……」

「お父様、申し訳ありません。帰宅したのが遅い時間でしたので、明日改めてご報告に上がろうと思っておりました」


 夜遅く娘の部屋に訪れた父に、私はすかさず謝罪する。

 先に、父に報告を入れるべきだった。

 こんなに大事になってしまっているのだ。私の帰りを待つ間、父も相当ヤキモキしていただろう。

 婚約者(王子)からは婚約破棄を申し渡され、そうかと思ったら大国の皇帝から突然結婚を打診され、いったいどういう状況なのか問いただしたかったに違いない。

 帰宅した際に一度、父に話ができないか、目通りを打診すべきだった。


「謝罪などいい。それよりもルシェル。お前、皇帝陛下とはどんなお話をしたんだ」


 私が心の中でひとり反省をしていると、父が直球で聞いてきた。

 そうですよね。そこ聞きたいですよね。

 でもまだなんて説明するか纏まってないんですよね!

 私だってまだ白昼夢だったんじゃないかって思っているんだもの。


「……皇帝陛下の元に、嫁がせていただくことになりました」

「……! そうか……」


 端的に事実だけを伝えると、予想でき得た話であったにも関わらず、父は驚いた様子を見せた。


「いや、願ってもない、光栄な話だが、あまりに急な……、皇帝はなぜお前を選んだのか」

「まあ……、私の可憐な美しさに目が眩んだのかもしれませんね……」


 父の、問いかけとも言えないくらいの呟きに、私は乾いた笑いを浮かべて言い返す。


「冗談はさておき、実際のところは公務ができる皇妃を探していたらしいです。どこからか、私がアルベルト様の公務の大部分を代行していたことを耳にしたみたいで」

「なるほどな……」


 私の真面目な回答に、父は納得したように頷く。


「まあ正直、お前をあの無能王子にくれてやるのは勿体無いとずっと思っていたからな。願ったり叶ったりな状況ではあるが……」


 え。

 あれ、そうなんですか?

 父の意外な言葉に、私は驚いた。

 

「私はてっきり、お父様は何がなんでも私に王家に嫁げって思ってるんだと」

「お前、私をなんだと思ってるんだ。私だって、娘にはちゃんと幸せになって欲しいと思っている」


 まあ、使えるものは娘でも使えとは思ってもいるが、と。

 父らしい答えに、私は苦笑する。

 あまり愛情を表立って出す人じゃなかったけど、父は父でちゃんと私の幸せも考えていてくれたのだな、と言うことを改めて知った。

 

「それでお父様、あれから国王陛下とはお話しなさったのですか?」

「ああ」

「陛下はなんと……」

「なにもくそもない。いったいどういう教育をしたら、王子殿下があのような社交の場であんなあり得ない茶番を始める事ができるのかと苦言を呈して来た」


 娘があんな目に遭わされて、黙っているわけがないだろう、と。


「皇帝陛下がお前を評価してくださったのもいい後ろ盾になった」


 そのおかげで、私を大っぴらに悪く言う人はあの場にいなかったらしい。

 今の私の立場は、婚約者の王子に突然婚約破棄を申し渡された可哀想な令嬢、と言うことになっているのだそうだ。


「まあ……、結果としてはこれで良かったのかも知れん。元々お前は、この国に収まるような器ではないだろうと思っていたし……」

「え、そうなんですか?」


 そんな話初耳なのだが。

 今日はなんだか、これまで聞いたことなかった父の話を聞くことが多い。


「当たり前だ。私とシャーリーの子だぞ」


 シャーリーが生きている間に王子がお前にした所業を知ったら、今頃この国は無くなっていただろうな……、と、父が遠い目をしながら言った。

 

 一体どんな母親だ。

 思わず、父の記憶の中の母にツッコミを入れる。

 母は――私を産んだ実の母親ではあるが、私にあまり母の記憶はない。

 私が7歳になるころに亡くなっているので覚えていても良さそうなものなのだが、なぜだかあまり覚えていないのだ。


 4つ上の兄に、母がどんな人だったか聞いてみても「うーん、なんだ……、パワー!、って感じ……?」としか答えが返ってこなかった。


 父は、亡くなった母を今でも愛している。

 だから、後妻をとってもよさそうなのに、今でも独身を貫いている。

 久しぶりに母の話題が出たことで、母に思いを寄せていたが、父が話を変えたことでそれは中断された。


「それで、いつ帝国に行くつもりなんだ」

「そうですね……、皇帝陛下の出立に同行させていただけないか、話してみようとは思ってます」


 私は、思い立ったら即日行動したい方なのだ。

 ことが決まったのであれば、いつまでもここに残っていても仕方ない。

 そういえば、結婚の申し出を受けると答えはしたが、今後のこととか何にも話さないで帰ってきてしまった。

 近いうちに話を詰めに伺わないと、と考え込む。

 

 きっと、そのせいだ。

 父が「そうか……」寂しげに呟いていたのを、私は聞き逃してしまったのは。

 

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