第16話 【SIDEアルベルト】帝国行きを承諾する 〜王太子剥奪カウントダウン〜

 スレーナの提案を聞き、人を雇ってから、驚くほどスムーズに仕事が進むようになった。


 ――


「アルベルト様、こちらの書類ですが……」


 新しく雇った政務官のセイムは、多少説明が難解で分かりにくいところに難はあったが、王立国学院を主席で卒業したと言うだけあって、業務を進めること自体になんら問題はなさそうだった。


「……うむ、よいだろう。君が問題ないと言うのなら間違いない」


 そう答え、差し出された書類にサラサラと署名をし押印する。


「ありがとうございます」

「今後は、問題のありそうな書類だけ選別し、君の方でそれを差し戻ししておいてもらえると助かるのだが。ここには決済して良いものだけ選り分けておいてほしい」


 そうすれば、書類を読み解く時間も短縮されるし、サインと押印さえすれば良いのだから、仕事がとてもスムーズに進む。

 我ながらなんと効率の良い方法だと満足する。


「かしこまりました。明日からはそのようにいたします」

「明日からとは言わず、今からやれば良い。君の能力は認めているのだ」

「……」


 私は少しの間席を外してくるので、その間に進めておくようにと言い残し席を立つ。


 ようやくいろいろなことが元通りうまく滑り出した。

 一時はどうなることかと思ったが、これで万事持ち直すだろう。

 私は、自らの力で窮地を脱することができたことに満足感を覚えながら、スレーナの元へと足を運ぶ。



 ――



「スレーナ」


 王宮内に設えたスレーナの部屋のドアをガチャリと開ける。


「あっ、まあ、アルベルト様」


 私の来訪に気付いたスレーナが、こちらに向かってパッと振り返る。

 それに合わせて、スレーナの向かいに跪いていた男も慌てたようにパッと離れた。


「では、スレーナ様……」

「ええ、また」


 軽く挨拶を交わし、男はそそくさと退室していく。


「スレーナ、今のは……」

「外商ですわ。新しい衣装の相談をしていたのです」


 ――正式に王太子妃になるんですもの、今までのドレスじゃあ、アルベルト様に釣り合わないでしょう――?

 そう言って、つとこちらに擦り寄ってくる。


「どうです……? 私の新しいドレス……」

「……ああ。とても美しいよ」


 下からこちらを上目遣いに見上げてくる、スレーナの胸元がチラリと覗き見える。

 

「ふふっ……、本当に興味がおありなのは、ドレスより中身でしょう……?」


 そう言ってスレーナは、ぐい、と私をベッドに押し倒す。

 スレーナの柔らかな肢体に押しつぶされ、私は途端にたまらない気持ちになる。


「スレーナ……、まだ昼だぞ」

「でも、子孫を残すのも王族のお仕事ではなくて?」


 そう、耳元で囁いて来るスレーナに、私は理性をかなぐり捨てて、彼女を逆にベッドに押し倒す。


「アルベルト様……。私と、気持ちのいいことをしましょう……?」


 スレーナが蠱惑的な笑みを浮かべるのに、流される。


 そうだ。

 仕事も順調に行っている。

 重い他人も腕の中だ。

 なんの問題もない。

 私が今、この欲望に流されたところで、なんの問題もないのだ、と――。

 


 ――



「帝国から、結婚式の招待状が届いた」


 翌日、父に呼び出されて言われた内容が、オルテニア帝国皇帝の結婚式の話だった。


「我が王室からも、ぜひ出席してほしい、と……」

「……我々は、馬鹿にされているのですか?」


 婚約者をさらっていって、尚且なおかつそれを祝福しに来いと。


「……向こうの言い分は正当だ。我が国から帝国の皇妃を出したのだし、むしろ新婦側の母国の王族を招待しない方が沽券にかかわる」


 と言っても、体裁が悪いのはこちらの方だがな、と物言いたげに父が言う。


「正直、自国内の状況が落ち着いていない状況で、私が国を出るのは控えたい。かと言ってマルセルを行かせる訳にもいかぬ」

「……それで、私に行け、と?」

「それとて、お前が何かやらかすのではないかと気が気ではないのだが」


 はぁ、と大きくため息をつきながら、父が続けてくる。


「だから、考えたのだ。お前にとってもメリットのある条件を」

「なんです? それは」


 話をもったいぶり、なかなか先に進まない父親にイライラする。


「オルテニアの結婚式に行き、皇帝夫妻に失礼なく挨拶をして戻って来れたなら、もう一度お前を王太子として立てることを私から大臣たちにとりなそう」

「父上! しかしその話は、先日私とマルセルの実力を見ることで決定すると決めたではありませんか!」

「それはそうだが、一度失った信用を取り戻すためにちゃんと外交ができるという実績もあった方がいいのは事実だ」

「……」


 失われてしまった信用の分、たとえ実力で劣らなかったとしても、まだマルセルよりも私に分がない――というのが父の意見だった。


「では、父上は――私が無事その責務を成し遂げてきたら、再び私を王太子に推してくださる、と?」

「だからそう言っておる」


 父の言葉を黙って受け止め、しばし黙考する。

 ――悪い話ではない。

 裏切り者のルシェルの結婚を祝いに行くのは業腹だが、それで済むなら安い話だとも思う。

 ぱっとしない姿で現れたルシェルが帝国民から嘲られているのを見て、ほくそ笑んで帰ってくればいいだけのことだ。

 ついでに帝国観光でもして帰ってくればいい。


 断る理由などないと思った。


「わかりました父上。お引き受けいたします」

「そうか」

「しかし、一つお願いがあります。その際には、スレーナを伴って行っても良いでしょうか?」

「構わん。しかし、帝国に行って失礼のないよう、再教育はさせるように」

「は」


 そう言って、父の言葉に恭しく頭を垂れた。


 やはり、どうやら流れは私に戻ってきているらしい。

 面白いことになりそうだ――。


 そう思いながら、私は自室に向かってきびすをかえしたのだった。





――――――――――――――――――

お察しかと思いますが、

政務官のセイムくんの説明が難しいのではなく、

アルベルトの知識が足りていないから難解という言葉で片付けられている…涙

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る