第17話 ルシェル、夜会を主催する
――カイナス様が、甘えてくる。
甘えてくるんです。
「ルシェル、もう仕事に行くのか?」
「ええ。朝から会議が入ってますので」
カイナス様に同行して仕事を覚えるのを終え、独り立ちするようになってからは、ほぼ完全に皇帝の業務と皇妃の業務を分けていた。
故に、それまでは一緒に出ていた会議も、各々の担当業務によって別々に出るようになった。
「あまり、他の男の前に出したくないんだが……」
朝食の席で。
カイナス様が憂い顔で、名残惜しそうに私の手をとって引き止めてくる。
……ヤキモチ?
いや、それにしたって、まさか皇帝のしかも新婚の妻に手を出そうとする男なんていないと思いますけど!
しかも――いま私が目の当たりにしている様子からはとても想像できないが――周りから冷血皇帝と言われている人の妻に!?
――そんな猛者、命知らずも甚だしい。
「……私にちょっかいをかけてくる人なんていませんよ?」
「その心配もなくはないが、こんなにも美しい妻を外で他の男に見せるのが惜しい」
きっ……!
「キザですよカイナス様……!」
「本心だからしょうがない」
それに、これでも一応作家だ、と言い足してくる。
……作家であれば恥ずかしいセリフを言っても許されると思っているのであろうか……。
「……そういえばですけど。カイナス様の趣味の方は
作家、という話題が出たので、何気に気になっていたけど聞けずにいたことを尋ねてみる。
もともと、仕事を手伝ったら新作を一番に見せてくれる、という話だったのに、いまだに新作のしの字も見せてもらったことがないのだ。
「……鋭意執筆中だ」
「……契約不履行は離婚の正当な理由になりますが」
「契約不履行ではない」
より良い成果物を提供するための熟成期間だ、とカイナス様が言い訳がましく言ってくる。
まあ、カイナス様が約束を違えるとは思っていないのでいいのだけれど。
「もしまだ、こちらに回せるような仕事がありましたら、回してくださって構いませんよ。私まだ、余裕ありますし」
そばに立ってそれを聞いていたエドガー様が(ここ最近は私の護衛のために朝から迎えに来てくれているのだ)、「えっ、まだ仕事増やすの!?」とでも言いたげなぎょっとした表情をしたのが視界の端に見えた。
まあ確かに、エドガー様は最近、護衛のために四六時中私に付き添い、私の一日の業務の一部始終を見ているから、一体どこで追加分の仕事を処理するのだと思ったのだろう。
「……頼もしい妻を持って嬉しい限りだが、今のところは大丈夫だ。皇妃業の他にも、式の準備もあるだろう。式の前に花嫁に倒れられても困るからな」
カイナス様のために仕事を請け負うのは、私にとっての仕事でもあり――
そして、カイナス様のいう通り今はまだ結婚式を控えているという理由で仕事の量を抑えてもらってはいるが、正直まだ増やそうと思えば全然増やせるだけの余裕はあったりする。
が、まあ本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。
困った時は困ったと素直に言ってくる人だ。
出会ってまだひと月程度だが、なんとなくカイナス様の人となりは大体わかってきたつもりだ。
「では、心優しい妻は、愛する皇帝陛下のために一働きしてまいりますね」
そう、にっこりと笑いかけ。
いまだに私の手を握ったままだったカイナス様の手をそっとほどき、仕事に向かうべく立ち上がる。
そうして、エドガー様を伴い、私は今日もお仕事に向かう。
皇帝陛下と――、皇帝の趣味を守るために。
――
「皇妃主催の夜会を開きます」
皇妃の執務室にて。
本日の業務開始早々、集まった政務官たちに向かって放った第一声がこれだった。
「お言葉ですが皇妃様……、結婚式前ですが、よろしいのですか?」
「ええ。既に籍も入れていますし、皇妃としての公務も始めています。特に問題はないはずです」
それよりも、次にしなければならない最優先事項は、社交界の掌握だ。
貴族の女性社会の中で、誰が発言権を持ち、権力を得ているのか。
それを見定め掌握するのは、皇妃である私の仕事でもある。
「これが招待客リストと概要です」
「いったい、いつの間にこんなものを用意されたのです……?」
ただでさえ通常業務と結婚式の準備で予定がカツカツですよね……? と若干引き気味に質問される。
「ちなみに、開催はいつです?」
「1週間後です」
「1週間!?」
私の発言に政務官が驚愕する。
「流石にそれは、無茶じゃありませんか!?」
「無理は承知です。でも理由があります」
通常、こう言った催し物をするときは、来客側の都合も考えて遅くても一ヶ月前に招待状を送るのがマナーだ。
しかし、今回の場合、一ヶ月後はちょうど結婚式と被る。
そしてこれは、結婚式の後に開催しても意味がない。
今回はあくまで、先手を打つことが目的なのだから。
結婚式を挙げた後に集まりを開くことなら誰でもできる。
そうではなく――、新しくきた皇妃が、この短期間で催しを主催できるだけの実行力があること。
皇帝に愛られるだけの、ただのお飾り皇妃ではないと知らしめること。
新任の皇妃に対して、貴族たちがどう対応してくるかを見極めること。
それが、今回強行してでも夜会を行う理由である。
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