第15話 ルシェル、本領を発揮する

それからと言うもの、ミラベル様は足繁く私のところに通ってくるようになった。


「ほんとうに、うちの愚妹が……!」

「ルシェル、迷惑だったらいつでも言うんだぞ」


 エドガー様とカイナス様は私を心配してそう言ってくれるが、実際のところ、それは杞憂きゆうに過ぎなかった。


 ミラベル様は勉強の時間になると思いの外素直に説明を聞いてくれるし、飲み込みもそんなに悪くなかった。

 最初の頃は初級の問題もできていなかったため「大丈夫かな……?」と少し心配していたのだが、教えるとちゃんと理解するし、もともと頭の回転は悪くなかったようで、だんだんと応用もできるようになってきていた。


 私としても、今まで同年代(と言ってもおそらくミラベル様の方が年下だろうけど)の話し相手がいなかったので、友達ができたような感覚で少し嬉しかったのだ。


「お姉様」


 ――気付いたら、いつしかお姉様呼びされるようになっていたが。


「お姉様は、どうしていつも、そんなに地味な格好をしていらっしゃるの?」


 よ、よろしければ、私がコーディネートして差し上げてもよくってよ! と、なぜかもじもじしながら言いだすし……。


「理由があってこの格好をしていますけど、しようと思えばちゃんとした格好も出来るんですよ」

「そうなんですの?」


 私の言葉に、ミラベル様がキョトンとした様子で返してくる。

 ……なんだか、しばらく勉強を見ていたらすっかり懐かれたなあ。ちょっと前だったら「そんな格好出来るんだったらしなさいよ! できないのを隠しているだけじゃなくて!?」くらい言い返されそうだったのに。

 タメ口だったのもすっかり敬語になっているし。


「まあ、そのうち見れますよ。ほら、時間がないので残りの分も片付けてしまいましょう」


 そう言って、話をまた勉強の方に戻した。

 ミラベル様は、今一つ腑に落ちないような顔をしていたが、勉強をし始めるとちゃんとそちらに集中し始めた。

 

 実はあれから――、ミラベル様のことについては何度かカイナス様と話をしていた。



 ――



 「すまないな。ミラベルが迷惑をかけて」


 私とカイナス様は毎晩、リビングルームでその日あったことや確認したいことをお互いに話し合う時間を設けている。

 その時に、カイナスさまが神妙な様子で切り出してきたのだ。


「本来であれば、皇宮内の威厳や規律のために、もっとミラベルを厳しく処罰するべきなのだが……」


 珍しく歯切れの悪いカイナスさまが、ぽつぽつと語りだす。


「ミラベルの母親――つまり俺の叔母にあたる女性になるのだが、非常によくできた女性でな」


 しかしすでに、病が原因で他界してしまっており、幼くして娘を残していくことを心配したその女性が、死の間際に娘を頼む、とエドガー様とカイナス様に言い残して亡くなったのだと。


「遺言だからな。約束は守ろうと、ミラベルのことは気にかけていたのだが、それから戦争が始まったからな……」


 カイナス様もエドガー様も遠征で帝国を離れることが多くなり、寂しい思いをさせることが多くなってしまったことを申し訳なく思っている、と言うのが話の全容だった。



 ――



 私は――こんなことを言うと不謹慎と言われるかもしれないが、ミラベル様に対して僅かに――本当に僅かにだけど、親近感のようなものを抱いていた。


 ミラベル様と同じく、私も幼い頃に母を失った過去があるからだ。

 幸いにして――と言うか、私は父も兄も家を離れることなくそばに居たので、そんなに寂しさを感じずに済んだと思えているのは、今思うと彼らが愛情を注いでくれていたからなのかもしれない。


 目の前でせっせと課題を解くミラベル様を見ながら、ふと郷愁に駆られてしまった。


「どうしましたの?」


 ぼうっと想いに馳せていた私を心配に思ったのか、不安げな表情でミラベル様が訪ねてくる。


「大丈夫ですよ。出来たのでしたら確認しますか?」

「はい!」


 自信ありげに、ミラベル様が元気よく答える。

 こんなやりとりも、もう3週間近くになる。

 つまり、私がこの国に来てからそろそろひと月。


 ――そろそろ頃合いか。


 前々から決めていたことを、決行してしまおうと決意する。

 ここに来てひと月が経ち、もうだいぶ慣れてきた。

 決めるべきところはビシリと決める。

 なぜなら私はこの国の――皇妃になると決めてきたのだから。



 ――


 翌朝。

 身支度を整えてリビングルームに向かうと、出迎えたカイナス様が驚いた顔を見せた。


「ルシェル、その格好……」


 ――目元を隠すために下ろしていた前髪を分けて、顔を隠すのをやめた。

 ――メガネもとって、品よく見えるように薄く化粧をほどこす。

 

 身につける服も、今までのような白とか黒とかの地味なブラウスではなく、綺麗なフリルとレースをふんだんに使った華やかなものに変えた。


「おはようございます、カイナス様」


 自分が今、一番魅力的に見えるであろう装い。

 美しく見えるであろう所作。

 いままで私が実直に学んで身につけたもので、あえて抑え隠してきたものを惜しみなく行使する。


「私、カイナス様の皇妃として、全力で頑張りますね」


 何も隠さず、偽らず、全力で。

 あなたの隣に立っても、いいですか――?


「……何を今更」


 ふ、と軽く笑いを漏らし、カイナス様が私に向かって手のひらを差し出してくる。




 この日。

 手を取り合って仲睦まじげに現れた皇帝夫妻に――正確には、たった一晩で誰もが憧れる美麗皇室カップルが誕生したことに――皇宮内が激震した。(ということを、エドガー様から後で聞かされた)

 ミラベル様からも「どーしておねーさまは私にあんな素敵な姿を隠していたの!?」と騒がれたらしい。


「……皇妃様は本当に、すごいお方ですよ」


 エドガー様が溜息混じりにそう言ってくるので、私はそれに苦笑で返したのだった。

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