第27話 【SIDEアルベルト】アルベルト、ルシェルを欲する 〜王太子剥奪カウントダウン〜

 礼拝堂で。

 ヴェールを持ちあげられ、露わになった花嫁の想像以上に端正な美貌に、目をしばたたかせる。


 ――どういうことだ。

 あれが、ルシェルだと?

 あの、地味で野暮ったかった女が?


 きめ細やかな白磁のような肌。

 ほんのりと桃色に染まる頬と、桜貝のような小さくてぽってりとした唇。

 手触りの良さそうな金糸の髪は緩やかに巻かれ、小さな顔の周りをキラキラと柔らかく彩る。

 長いまつ毛の下に嵌め込まれた翠玉の瞳はどことなく憂いを帯びており、それがまた、少女から抜けきっていないどこか幼さの残る顔に、妙な色気を醸し出していた。


 ずくり、と。

 抑えようもなく、欲が生まれる。


 ……あれを、自分のものにできたら。

 どんなにか満たされるだろうか。

 組み敷いて、鳴かせて、いいようにできたら。

 少し想像しただけで、無性にたまらない気持ちになった。


 ――あれが、ルシェル?


 信じられなさすぎて、目が離せなかった。

 別人なのでは、と証拠を探そうと目で追うが、追うほどに感じるのは、ふとした仕草や顔の輪郭がどうしてもルシェルを思い起こさせてしまうと言うことだけだった。



 ――



「アルベルト様、スレーナ様。今日は、私のためにはるばるお越しくださり、本当にありがとうございます。今の私があるのは間違いなくお二人のおかげですわ。ぜひ、今日の宴を楽しんでいってくださいませね」


 くすぶった気持ちを抱えたまま進み出た挨拶の場で、こちらに向かって何事もなかったかのように笑いかけてくるルシェルに腹が立った。


 なぜ、自分と一緒にいる時にはあのような姿を見せてくれなかったのか。

 知っていればきっと、今頃、あれを手にしていたのは自分だったのに。

 手に入れられたはずなのに、もう手に入れることができない思うと、余計に悔しさが増した。


「クソっ!!」

「アルベルト様……」


 気を落ち着けるために出た大広間の外の廊下で、思わず悪態をつく。


 ――なんだって、今まで欲しいと思ったもので、手に入らなかったものなどなかったのに。


 もはや、隣にいるスレーナさえ、かすんでしまってどうでもいいものに思えた。

 神秘さと清らかさを併せ持つアレを、どうしても手に入れて――けがしたい。


 そのために、どうする――?


 誘拐?

 でもそれだと見つかった時に厄介だ。

 皇帝を殺して奪う? 帝国と戦争でも起こすか?

 しかし、そんな大ごとにもしたくない。


 大ごとにもならず、欲を満たせる方法――。


 そこまで考えて、はた、と思いつく。

 一人になった隙を狙えばいいのだ。

 その隙を狙って、物陰にでも連れ込んで、力で押さえつけてモノにしてしまえば。

 

 まさか自分が傷物にされてしまったことなど、夫に言えるわけもないだろう。

 うまくいけば、そこにつけ込んで「バラされたくなければ」と言うことを聞かせることもできるかもしれない。

 チャンスがなければ、手を出さなければいいのだ。

 でも、チャンスを見つけた時は――。


 そうと決まれば、やることはルシェルの様子を伺うことだ。

 面白い展開が見えて来たことに少し気分を持ち直し、再び大広間へと足を向ける。


「ちょっと、アルベルト様!」


 すると、動き出そうとしたタイミングでスレーナにぐいっと腕を取られ、動きを止められる。


「さっきからあっちに行ったりこっちに行ったり……。今度はどうされるんですの!?」


 さっきから一生懸命話しかけているのに、全然反応してくださらないし……、と、スレーナが苛立たしげに訴えてくる。


「……私は、広間に戻って外交に努めてくる。君も次期王妃になるつもりなら、ここで交流を深めて将来のための基盤づくりでもするんだな」


 そう言うと、私は掴まれていたスレーナの腕を払いのけ、そのまま彼女一人を置いて広間に向けてスタスタと歩みを進めた。

 後ろでスレーナが喚き散らす声が聞こえたが、そんなことはもうどうでもよかった。

 手に入れたいものを見つけてしまった今、それを手に入れることしか考えられなかった。



 ――



 大広間に戻り、人々の間をすり抜けながら皇帝と皇妃が並んで座っていた辺りに目を向ける。

 見れば、なんとタイミングのいいことに、お色直しなのか休憩なのかわからないがちょうどルシェルが中座しようとしているところだった。


 ざっと広間を見回し、ルシェルが出ようとしているドアから一番近いドアを探す。

 招待客に向かって優雅に一礼しながら一時退室しようとするルシェルを横目に、目星をつけたドアに向かって一直線に歩く。

 運が良ければどこかでかち合える。

 ダメだったとしても、また別の機会を狙えばいいし、なにも損することはない。

 そう思っていたら。


 ――どうやらやはり、天はいつでも私の味方でいるらしい。


 大広間を出てしばらく歩いた先の廊下で、控室と思われる部屋に入っていくルシェルを見つけた。

 護衛として付き添っていた男は、ルシェルと一緒に中に入ることはなく、そのまま扉の前で立ちはだかる。


 流石に、あそこからの正面突破は難しい。

 ならば、と手近な部屋のドアノブを握ると、幸運なことに軽い音を立ててドアが開いた。

 周りに気づかれていないか注意しながら室内に入り、そのまま窓から壁伝いに目的の部屋を目指す。

 幸いなことに、壁にはちょうどいい場所に足場があり、なんなく目的の場所まで辿り着けた。


 ――いた。


 たどり着いた窓から部屋を覗き込む。

 そこには、衣装替えのために、使用人に手伝われながらドレスを脱ごうとしているルシェルがいた。

 そして――私にとっては都合の良いことに――使用人がルシェルに平謝りしながらパタパタと部屋を出ていった。

 

 ここまでくるともはや、私のためにお膳立てされた展開としか思えない――。


 室内で、一人で待たされる形になったルシェルを目の前に、私は内心でほくそ笑んだ。

 やはり自分は、万物を与えられるべくして生まれてきた人間なのだ。

 窓の外から隠れ見たルシェルはドレスのインナーのようなものしか身にまとっていなかったが、逆にそれが妙な色気と清純さをかもしだす。

 そうして私は自らの欲求を満たすべく、窓を乗り越え、背後からルシェルに襲いかかった。

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