第26話 ルシェル、アルベルトに挨拶される
主役のダンスが終わると、皇帝夫妻への挨拶の時間となる。
リストに書かれた名前を呼ばれた順から、招待客が皇帝夫妻の前に進み出て、順次挨拶をしていく。
自分達が呼ばれるまでまだ時間がある者、自分の挨拶の番が終わった者たちは、踊ったり会話を楽しんだりと各々自由な時間を過ごす。
「イズルカ王国、国王夫妻、ロベルト様、マイア様!」
「皇帝陛下、皇妃様。この度はご成婚、誠におめでとうございます」
「なんて美しいお二人なのでしょう……、まるで一対の絵画のようですわ」
「ロンド公国、公子殿下、ナサニエル様!」
「ご成婚おめでとうございます。奇跡のようにお美しいお二人のご成婚に立ち会えて、恐悦至極にございます」
「グリンゼラス王国王子殿下、アルベルト様! 並びに婚約者のランバート公爵令嬢スレーナ様!」
次々と王侯貴族が呼ばれては挨拶に進み出る中、アルベルト様とスレーナ様の順番がやって来た。
名前を呼ばれた二人は、参列客の流れに乗り、私とカイナス様の前に進み出る。
「……この度は、ご成婚誠におめでとうございます」
「遠方から、私と皇妃のためにわざわざご足労痛み入る。先日貴国を訪れて以来だが、貴殿も新しい婚約者殿との関係が良好なようでなによりだ」
いわば、我々がこうやって結婚できたのは貴殿のおかげと言っても過言ではないからな、と。
カイナス様が不敵に言い放ち、そのまま私の手を取り、その指先に見せつけるよう口づけを落とす。
突然のカイナス様の行為に、私は内心で『ファっ!?』と叫んだが、それと同時に『カイナス様……、アルベルト様のこと、相当気に食わないんだなあ』と冷静に判じたのだった。
気を取り直して、視線を目の前のアルベルト様とスレーナ様に戻すと、二人ともここが祝いの席だというのにも関わらず、いまひとつ冴えない、仏頂面と言っても差し支えないような表情をしていた。
――これは、『僕達、色々あったけど前向きな気持ちで祝福しに来ました!』という感じでもないなあ……。
アルベルト様とスレーナ様が、ちゃんと外交という意識を持って、この場に向き合ってくれていたらいいなと思っていたけれど。
国政者としての意識を持って、少しでも成長してくれていたのなら。
過去のわだかまりがあったとしても、お互い国を支えていくもの同士として、私も前向きな気持ちで向き合えたかも知れなかった――できれば、そうあってくれればいいなと思っていたが。
胸の内にもやもやとわだかまる気持ちに蓋をして、外交用の外面を貼り付けて、アルベルト様に向かって笑顔を作る。
「アルベルト様、スレーナ様。今日は、私のためにはるばるお越しくださり、本当にありがとうございます。今の私があるのは間違いなくお二人のおかげですわ。ぜひ、今日の宴を楽しんでいってくださいませね」
周囲から見守っている近隣諸国や帝国貴族の面々に、私とグリンゼラスの二人との関係がいかにも良好であると見えるように、私が心からそう思って見えるようにと立ち振る舞う。
だって、ここで私たちの関係性が良くないということが露見するのは、私のためにも、カイナス様のためにも、アルベルト様とスレーナ様のためにもならないのだから。
そんな私の気持ちを汲み取ってもらえたのかそうでないのか。
「……お二人の、末長い幸福と、帝国の発展をお祈りいたします……」
そう、絞り出すような声でアルベルト様が祝いの言葉を締めくくり、スレーナ様と一礼し、静かにその場を離れていった。
――とりあえず、なんの揉め事もなく、終わった……。
『もしかしたらまたひと騒ぎ起こされてしまうのでは』という不安を抱えていたので、ひとまずそこから解放され、静かに胸を撫で下ろす。
とりあえず、両手を挙げて祝福されないとしても、無事に何事もなく終わってくれてよかった。
もしかしたら、国王陛下が事前に釘を刺していてくれたのかもしれないが、そうだとしても、以前のアルベルト様だったらきっと言うことを聞かず、言いたいことを言いたいように言って帰っていった可能性が高い。
これが、なんらかの成長の形であってくれればいいのだけれど……。
そう思いながら、ほっとした気持ちで次の参列客の挨拶を待ち構えていると、隣にいたカイナス様が私の手にそっと自らの手を重ねて来た。
つとカイナス様に目線をお送ると、私に向かって労わるような笑顔を送ってくれる。
――ああ、カイナス様も、心配してくれていたのか。
その想いだけで、また私は胸いっぱいになってしまう。
その笑顔だけで、私はまだ頑張れる。
重ねてくれた手をきゅっと握り返して、私も微笑む。
――あなたがいてくれるから大丈夫。
そんな思いが、ちゃんと伝わったらいいなと思った。
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