第11話 ルシェル、皇帝に外堀を埋められる

 それは、ミラベル様のドタバタが落ち着き、カイナス様から「では、部屋を案内しよう」と言われ、促されるままについていく最中のことだ。

 

「陛下。その、ルシェル様のお荷物はどこへ」

「ああ、俺の部屋でいい」

「えっ」


 執事の質問に即答したカイナス様の言葉に、私は思わず声を漏らす。


「あの……、カイナス様」

「なんだ?」

「その……、荷物なら、私の部屋に運んでいただければ」

「私の部屋?」

「はい」

「……夫婦になるのに、別に部屋を用意するのか?」


 さも当然とでもいうような、キョトンとした様子で、カイナス様が答える。


「えっ……、用意しない、んですか?」

「夫婦で部屋を別にするのはおかしいと思ったのだが」

 

 えっ……と……。

 悪意なくきっぱりとそう言い切られてしまうと、確かにそうなのかもしれない、と思って一瞬躊躇する。

 いやでも! 待って待って!

 確かに結婚するとは言ったけど、私たちはまだ、籍も入れていない未婚の男女だ。

 覚悟を決めて嫁いではきたが、着いて即日さっそく同衾というのは……!

 い、や……? お仕事する覚悟は決めてきたが、そっちの覚悟はあんまりだった!

 うわああああああ!

 こ……、心の! 心の準備をさせてください!

 

「で、でも、まだ籍は入れておりませんし……」

「では今入れるか」

「そんなにすぐにできるんですか!?」


 あっさりと言い放つカイナス様に、私は思わず声を荒げる。

 えっ、結婚証明書って、そんなにすぐに出せるものなの!?


「そうか、グリンゼラスはまだ、婚籍の管理は教会がしているんだったな」

「帝国は違うんですか?」

「ああ。国が戸籍を管理するようにしてからは、婚籍の管理も国が取りまとめている」


 そうすることで、税金の管理や財政状況も把握しやすくなるのだとかで。


「だから、体裁を気にするのであれば今日にでも籍をいれてしまえばよい」

「そっ」


 そういうことじゃあない!

 そういうことじゃないんですよ陛下!!


「あの、心の準備が……」

「心の準備? 籍を入れるのに?」


 そう言って、カイナス様は私の言葉に少し傷ついたような顔をしたように見えた。


「あっ、ち、違うんです。そうじゃないんです!」

 

 心の準備がいるのは、籍を入れることじゃないんです!


「籍を入れるのはいいんです。ただ……」

「ただ?」


 私が言い淀むと、おうむ返しでカイナス様が先を促してくる。


「一緒の部屋ということは……、一緒の寝具で寝る、ということですよね……」

「まあ、そうなるな」


 言いながら、恥ずかしくて頬が熱くなっているのが自分でわかる。


「い、嫌じゃないんです! 皇妃になるってことは、そういうことですらから! でも……!」

「……ふっ」


 私が、なんと言えば良いものか、しどろもどろになりながら必死に言葉を選んでいると、目の前のカイナス様が堪えきれないといった様子で吹き出した。


 そのまま、身を震わせながらくつくつと笑う。

 その時になって、私もようやく気づいた。


「か……、揶揄からかわれたんですね!?」

「いや、すまない……。そういうつもりはなかったのだが、ルシェルの反応があまりにも可愛くて、つい」

「ついじゃありません! ついじゃ!」


 揶揄からかわれたことが悔しくて、思わず声を荒げて抗議する。

 

「最初に説明しておくべきだったな。確かに、ルシェルの部屋を別に用意することも考えてはいたのだが。それよりも、同室にしておいた方が、色々と都合がいいという結論になってな」


 曰く、娘を皇帝に嫁がせようと考えていた貴族の面々からしたら、私の存在は目の上のたんこぶ。

 よからぬことを考える者がいないとも限らない。

 故に、常にカイナス様の目の届くところに置き、私の身を守れるようにする、というのが利点そのいち。

 利点そのには、早々に同居アピールをすることで、夫婦仲がいいと思わせ、私に手を出しにくくさせるという作戦。


「利点その三は、単に俺が役得だということだな」

「な……」


 そんなことを臆面もなく言うカイナス様に、私は空いた口が塞がらない。


「まあ、それは冗談だが。流石に来て早々共寝しろとは言わない。心の準備もあるだろうしな」

 

 そう、いけしゃあしゃあとカイナス様がのたまう。


「ちょうど、居室のなかに空き部屋が一つある。それをルシェルの部屋にあてがう予定だ」

 

 皇帝の居室は、ドアを開けてすぐに応接室、そこからさらに寝室、書斎、衣装部屋、浴室、それぞれにつながるドアがあり、現在使っていない部屋が一室余っているらしい。

 鍵もかけられるし、一人になりたい時はプライベートも保てる。

 書斎の出入りは自由にして構わないので、カイナス様の過去作や未発表の原稿も好きに見ていい。


「個人的な希望としては、挙式を済ませたら寝室はひとつにできればとは思うが」


 皇室の挙式は準備をするにも時間を要する。

 それまでには、そっちの心の準備も済ませとけ、と。

 そういうことなのだろうなとひとり心の中で納得をしかけたところで、カイナス様がまた爆弾を落としてきた。


「ああそうだ。ちょうど先ほど話に出た、婚姻届のことだが」

「はい」

「籍を入れるのは問題ないなら、部屋に着きしだい早速書類に記入しよう。大々的に式を挙げ、周囲に婚姻を知らしめられるのは少し先になるが、とりあえず入籍した事実を先に作ることが大事だ」

 

 それにさっき、籍を入れる心の準備はできていると言っていたしな、と。

 気づけばいつのまにか、カイナス様にガッチリと手を繋がれている。


 嗚呼――。

 どうやら、わたしの旦那様は、外堀からがっちり埋めてくるタイプのようです。

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