第32話 ルシェルと皇帝と告白

「大丈夫か?」

「……え?」


 カイナス様と部屋に戻り、リビングルームに入ったところで、カイナス様がふと私を気遣うように尋ねて来た。

 その時私はまだ、アルベルト様とスレーナ様の事で暗鬱あんうつとした気持ちを引きずっていたため、カイナス様の呼びかけに気付くのが遅れてしまった。

 遅れて気づき、カイナス様の方へ目線を向けると、こちらを心配する眼差しにぶつかった。

 

「取り返しのつかないことにならなくて、本当によかった……」


 言いながら、カイナス様が私の頬に手を伸ばし。

 心底ほっとしたような顔でそう言ったものだから。

 私もつられて、ほっとしてしまったのだ。

 その時になってようやく、私は自分が思っている以上に、精神的に参っていたのだということに気がついた。


「……カイナス様」

「なんだ」


 泣きたい気持ちを堪えながら、意を決してカイナス様の着ている上着の袖を掴む。


「あの……、少しの間でいいので、抱きしめてもらっていいですか」

「……」


 私の願いに、カイナス様は何も言わず、ぐっと私を引き寄せ抱きしめてくれた。


 ――ああ、どうしよう。


 不謹慎だ。

 こんな時に――不謹慎だと自分でも思う。でも。


 こんなにも、身をもって実感してしまう。

 

 ――私。

 この人のこと――本当に好きだ。


 抱きしめられた安堵感と共に、幸せと切なさが溢れて胸がいっぱいになった。


「……カイナス様、ごめんなさい……」


 消え入りそうな声で、カイナス様に向かって謝罪の言葉をかける。


「なんだ?」

「……私、カイナス様のことが好きです」

「……」

「ちゃんと、公私を分けて、ちゃんとした皇妃でいようと思ったのに。だめなんです」

「ルシェル……」

「好きなの。好きで好きでたまらなくて、どうすればいいかわからないんです……」


 言いながら、体をぎゅっと縮こまらせ、カイナス様の胸に頬を寄せる。


「ちゃ……、ちゃんとしてようって。カイナス様の求める、仕事ができる皇妃でいようって思ってるのに……、ダメなんです。時々、カイナス様のことを考えて、し、仕事が手につかなくなる時とかあって……」

「ルシェル」

 

 そう言って、私の名を呼ぶカイナス様に顔を向けると、そのまま流れるように唇を奪われた。

 執拗に――求めるように。何度も何度も舌を絡めてくる。

 この間、カイナス様を怒らせてしまった時に交わしたものとも違う。


 ――この人は本当に、切実に私のことを求めてくれているんだ――。


 自らの頬に、一筋の涙が流れたのを感じる。

 気がつけばいつのまにか、カイナス様に追い詰められ、ソファの上に押し倒される形になっていた。


「……君は、もの凄く賢いくせに、時々呆れるほど物分かりが悪くなるな」

「……」


 私の頬を指の背でなぞりながら、いかにも愉快そうにカイナス様が言う。


「そんなところも全部含めて、俺は君のことが好きだが」

「…………嘘です」

「なぜそう思う? どちらかと言うと俺は、ずっと君に正直に想いを伝えてきていたつもりだ」


 カイナス様の言う通りだった。

 この人はずっと、私に向かってまっすぐに想いを伝えて来てくれていた。

 それに気づかないふりしていたのは――、私の方だ。


「少なくとも、君よりも俺の方が、君のことを好きだと思う」

「……そんなこと」


 ないです、と言おうとして。

 そんなことで張り合っても、意味のないことだと思った。

 少なくとも間違いなく、この人は私を思ってくれている。

 それは誰より――、私が一番わかっていなければいけないことだった。


「愛している、ルシェル」


 ――その言葉に。


 一瞬で、私の中の何かがどっと決壊する。


 止めようと思う間もなくとめどなく溢れ出した涙を、カイナス様が唇で拭う。

 それでも泣き止まない私を見て、カイナス様が苦笑した。


 ――愛してる、なんて。


 自分の人生で言われる日が来るなんて、思ってもいなかった。


「……ルシェル」


 もはや、溢れる感情がなんなのかもよくわからず、流れるままに涙を流していたら、カイナス様が呆れたように、子供をあやすよう抱きしめてくれた。


 抱きしめられる温もりに、なんだかホッとした。


 そうして私は。

 連日の――、そして、結婚式という大舞台を終えた疲労もあったのだろう。

 色々な、精神的な重圧から解放されたという安堵も相まって。

 不覚にもそのまま、カイナス様の腕の中で眠りこけてしまったのだった。




 ――




「ん……」


 室内に、朝日の差し込んだ空気を感じて寝返りを打つ。

 外ではちゅんちゅんと、鳥たちがけたたましく新しい一日の訪れを伝えている。


 ――起きなくちゃ。


 そうは思うけれども、なかなか体が動かない。

 疲れているのだろうか?

 そう言えば、昨日いつ自分の寝台に入ったのが記憶があやふやだ――。


 そう思った時だ。


「ん、ルシェル……」


 と、耳元で、なんだか聞き慣れた男の声が聞こえた。


 えっ?


 一気に意識が覚醒する。

 確認しようと身を起こそうとして――、自分の体に、自分のものよりも太く、しっかりとした男性の腕が巻き付いているのに気がついた。


 え……、えっ?


 ――カイナス様だ。


 カイナス様の腕が、私を抱き込むようにして、ぐるりと私を囲い込んでいたのだ――!


 思わず、自分の体を見下ろす。

 ――服は、着ている。

 夜着だけれど。

 普段着に比べたら、心許ないほどに薄い生地ではあるが!

 一応服はちゃんと着ていたことにほっと安堵する。


 とりあえず、状況整理のために一度起きあがろうと思ったら、体に巻きついた腕にズルズルと引き寄せられた。


「なっ……」


 どういうことかと思って身を捩って抵抗すると、耳元でくつくつと笑う声が聞こえてきた。


「カイナス様……! 起きてますね……!?」


 私の言葉には答えず、ただクスクスと楽しそうに笑うカイナス様に抱き込まれる。


「カイナス様……!」

「仕方ないだろう。花嫁に初夜をすっぽかされたからな」

「それは……」


 背後からびしりと突きつけられた言葉に、私はうっと喉を詰まらせる。

 

 確かにそれは……、誠に、申し訳ございません!!

 おっしゃる通り、もともと挙式を済ませたら寝室を一つにするという話をしてましたね……!

 つまりそれは、挙式の後に初夜を迎えるということで……。

 

「気持ちよさそうにすやすやと眠っていたから、ルシェルの部屋で寝かせてやりたい気持ちはあったのだが。既にルシェルの部屋から寝台を運び出した後だったからな」


 元々私の寝室だった部屋は、かくして私の衣装部屋兼荷物置き場となったのである。


「今回の結婚式で皇妃への贈り物も増えたこともあって、とてもじゃないが寝る場所など作れなかった」


 かと言って、アルベルト様から襲われた直後に、皇妃を一人寝させるわけにもいかず。

 というか、なんと言っても結婚式当日に一人寝する皇帝夫妻とか。あまりに体裁が悪すぎる。


「申し訳ありませんでした……」 

「俺と一緒に共寝するのがそんなに嫌だったなら、こちらの方が申し訳ないが」

「いや? そんなことはありません……! 意地悪ですか、カイナス様!」


 何がそんなに楽しいのか、先ほどから終始愉快そうに私を揶揄ってくる。

 昨日あれほど散々好きなんだと泣き喚いた後なのだ。

 私が嫌ではないとわかっていて言っているところが、実に意地が悪いと思った。




――――――――――――――――――

【後書き的なお礼】

ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

なんだか、ルシェルの気持ちが溢れてしまったんですね。

告白の回になりました。


たくさんの応援コメントや評価をいただいて、本当に毎日励みになっています!

もしまだ『応援したい!』『もっと読みたい!』と思っていただける方は、

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嬉しすぎて震えます……!


また、作品のフォローをしてくださった方もありがとうございます!!

今後もどうぞお楽しみいただけると幸いです。

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※冬休みが終わって社会人スケジュールに戻るので、

 しばらくは平日7時台、休日10−11時台の更新になります。

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