第31話 【SIDEアルベルト】アルベルト、王位継承権を剥奪される

「アルベルト・グリンゼラス王子。貴殿と、貴殿のお父上との約束通り、本日をもって王位継承権を剥奪するものとする」

「……」


 宰相のエーデルワイス公爵が、僕に向かってそう言い渡してきた。


「はっ……? 王位継承権剥奪……? どういうことですの!?」


 状況を飲み込めていないスレーナが、公爵に向かって喚き散らす。


「そのままの意味ですよ、スレーナ嬢。アルベルト王子殿下は、王位継承権を剥奪されるのです」

「だから! それはどうしてよ!?」


 エーデルワイス公がやんわりと説明するが、スレーナは「納得できない!」という姿勢を崩さない。


「もともと国王陛下は、アルベルト様とスレーナ様の能力に信頼を置いておりませんでした。ですから、調査したのですよ。あなた方に自由に政務をさせるように見せかけて、ちゃんと正しく政務をおこなっているか」

「……」

「私もびっくりしました。こんなに、叩けば叩くほど埃が出てくることなどあるのだと……。お二人は、ご自分たちの代わりに書類を決裁させる政務官を雇われましたね?」

「で、でもあれは、あくまでも書類管理のために……」

「そういう名目で雇いながら、結局はその政務官に決裁権を勝手に譲渡し、提出された書類の内容も見ずに放置していた。違いますか?」

「……」


 公爵の追求に、何も言えなくなったスレーナが黙り込む。


「雇われた政務官は、また別の貴族からも金を受け取り、その者たちのいいように書かれた書類を決裁し回していました。お二人が結婚式のためにグリンゼラスを立ってからテコ入れし辞めさせましたが、正直、この後国に戻った時の残務処理だけで眩暈がしそうですよ」


 ……政務官のセイムがそんなことをしていたことなど、全然見抜けなかった。

 生真面目で返事のよい奴だったから、そう言った不正を行うことなどないと思い込んでいたのだ。


「まあそれで、国王陛下は調査を進めるためにお二人を一旦国から追い出す口実として、今日の結婚式に出席させることにしたのですが、その時に決めた『ただ挨拶をして外交を果たして帰ってくる』という事さえも果たせない。私は本当に、お父上にご報告するのが心苦しい限りです」


 お分かりになりましたか? とエーデルワイス公が畳み掛けてくる。


「でも、それは……っ、あくまでアルベルト様が王位継承権を失うだけで、わたくしとがはないということではありませんの? だって、わたくしは直接、何も悪いことなどしていないのですもの!」


 平気で自分だけ責任逃れようとするスレーナの発言に、私は愕然とした。

 政務官を雇ったのも、国王との賭けに負けたのも、あくまでも私の問題で、自分は無関係だとスレーナが必死で言い訳をまくし立てたのだ。


「しかしスレーナ嬢。貴女、お腹に子供を身籠っていらっしゃいますよね?」

「あ……っ」


 エーデルワイス公の言葉に、スレーナが思わずといった様子でお腹を抑える。


「我がグリンゼラス王国の王族は、正式に婚姻を結ぶまでは性交渉はご法度。なぜならば、王家の管理下外での子作りは王家以外の血が紛れ込む可能性があるからです」


 それなのになぜ――、スレーナが身籠っているのか――。


「アルベルト様。あなたはそのお腹の子供に思い当たる点はあるのですかな?」

「……」


 エーデルワイス公からの問いかけに、黙って首を縦にふる。

 確かに私は――、スレーナの誘惑に負け、欲望に身を任せたことが何度かあったからだ。


「はぁ……、ますます国王陛下に申し上げにくいばかりだが……。スレーナ嬢、念の為に聞きますが、そのお腹の子は、間違いなくアルベルト様の子で間違いないのでしょうな?」

「えっ……、ええ。もちろんよ」

「それは確かですね? もしそうでなかった場合は、王家をたばかった罪と不貞罪にあたりますが」

「えっ……?」


 そう言って、目を泳がすスレーナの様子を見て。

 ――私はある瞬間のことを思い出していた。

 それは、外商だなんだと言って、スレーナの部屋に私の知らない男が出入りしていたことが何度かあったという事実。

 今思えばあれは、本当にただの外商だったのだろうか――?


「な、なんです、アルベルト様……。なんでそんな目で私を見るんですの……?」


 私が疑いの目でスレーナを見やると、スレーナが「私を疑ってらっしゃるんですの……!?」と怒りも露わにこちらを睨み返して来た。


 そうやって、私とスレーナが睨み合っていた時だ。


みにくい。興醒めだな」


 と、オルテニア皇帝が短く言い放った。


「エーデルワイス公爵。娘の結婚式の日にこんな厄介事を押し付けて申し訳ないが、後は任せてもよいだろうか」

「もちろんです。自国の恥で、本当に申し訳ありません」


 皇帝の言葉をエーデルワイス公が請け負った後、皇帝が「ルシェル」と名を呼び彼女を呼び寄せ、彼女の手を取って部屋から出て行こうと身をひるがえした。


 ルシェルは――。

 私は一瞬、どこかで最後にルシェルが声をかけてくれるのではないかと期待した。

 しかし結局、彼女はこちらをちらりと一瞥しただけで、それ以上言葉を発することもなく、黙って部屋から出て行ってしまった。


 ――そう言えば結局、この部屋に来てから、ルシェルが私に向かって一言も言葉を発するのを聞かなかった。


 汚く罵ることも、責めるようなことも、全く言わなかった。

 思い返してみると、昔からそうだ。

 ルシェルは昔から、誰か他人のせいにしたり、人を罵ったりする、ということが一切なかった。


 誰かから理不尽に扱われても「そうですか」と諦めた表情で楚々そそと対応しているところばかり見て来た。


 今になって思い出す。

 しかし、今になって思い出しても、もう取り返しのつかないところまで来てしまったのだということも自覚する。


 近衛兵に押さえつけられ、悪態を突きながら連れられていくスレーナを冷え冷えとした気持ちで見ながら、自分は全て失ってしまったのだということをようやく悟ったのだった。

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