第28話 ルシェルと背負い投げ
「皇妃様。お色直しの時間です」
式の進行管理を頼んでいた政務官にそう告げられると、私はカイナス様に目配せをして、招待客に笑顔で手を振りながらその場を離れる。
「ルシェル様、こちらへ」
大広間から出ると、エドガー様が護衛のために待ち構えていてくれる。
「ありがとうございます。……本当は、今日くらいエドガー様にも、仕事は無しで楽しんでいただきたかったのですけど」
「何言ってるんです。俺は俺で、合間合間で楽しんでますよ」
そう言って、結婚式当日も私の護衛を請け負ってくれたエドガー様なのだが、私としてはカイナス様との付き合いも長いのだし、もっとちゃんと仕事抜きでカイナス様をお祝いする場を作ってあげたかった。
「それに、こう言っちゃなんですけど、皇族の結婚式なんて半分仕事みたいなもんですから。陛下とルシェル様が働いてるのに、俺だけサボるってのもなんだかね」
まあ、それはそれとして一生に一度の結婚式だし、ルシェル様には今日のこの日をたっぷり味わってもらいたいですけど! と。
カイナス様の側近の方は皆、気の置けない人柄の良い人物ばかりで、私は本当に恵まれていると思う。
「では、お色直しが終わるまで、ここで待っていますね」
私が着替える間、エドガー様が扉の前で護衛をしてくれるのだ。
エドガー様には今度別で、改めてお礼をしなくては。
そう思いながら、控室で待ち構えていた使用人に手伝われ、着ていたドレスを脱いでいく。
着ていたドレスを一旦脱ぎ終わったところで、背後から
「あれ……?」
「ちょっと、何してるの」
とでなにやら小さな声で揉めているような声が聞こえてきた。
「あの、皇妃様、申し訳ありません……! こちらのドレスに合わせる装飾品を、間違えて準備しておりまして……」
新人の使用人が、今日用意するはずだった装飾品を間違って持って来てしまっていたらしい。
幸い、ここから装飾品が保管されている部屋までそう遠くないから、すぐに取りに行けはするのだが、如何せん貴重品なため使用人一人で保管室へ出入りすることを禁じているらしい。
「すぐに取って参りますので……!」と、古参の使用人と二人で連れ立って、慌てて装飾品を取りに出ていく。
「は……くしゅっ!」
くしゃみが出た……。
扉が開いて冷たい風が入ってきたからだろうか。
そもそもほぼ下着同然だからと言う話もあるけど。
「皇妃様、お寒いですか?」
一人残された使用人が、そう言って私の肩にブランケットをかけてくれる。
「よろしければ、温かい飲み物をお持ちしますが……」
「本当? そうしてくれると嬉しい」
先ほどから、冷たい飲み物ばかり飲んでいたので、少し体が冷えている気がしたのだ。
もし用意してもらえるなら、この転換の間に一口でもいいから温かいものを飲んで気持ちを落ち着かせたかった。
「あ、でもそうすると、皇妃様おひとりになってしまいます」
「大丈夫。外にエドガー様もいるし、少しの間なら問題ないでしょう」
そうこうしているうちに、装飾品を取りに行った二人も戻ってくるはずだ。
わずかな時間一人になっても別に問題はないと思うし、一人になったらなったでその時間をしばし楽しめばいい、くらいの気持ちだった。
「では、すぐに戻って参りますね。何かあれば、エドガー様に伝言を」
「ええ」
そう言ってドアから出ていく使用人を見送った。
「ふう……」
人目がなくなり、気を張らなくてよくなったこともあって、つい大きく息を吐く。
カイナス様は凄いな……。
皇帝がいた上での皇妃の自分でもこんなに大変なのに、こんなことをずっと一人でやって来たなんて。
その上で、執筆活動まで並行して続けて来ているのだ。改めて考えると本当に凄いと思う。
――早く戻って、カイナス様にも一度休憩してもらわないと。
そう、思った時だった。
かた、と窓の方から何か小さく音が聞こえたと思った。
なんだろう――? と思って、振り向こうとした瞬間、突然がばっ! と、後ろから口を押さえられ羽交い締めにされた。
「大人しくしろ!」
頭の上から、切羽詰まった男の声が聞こえる。
え、暴漢――!?
そう思った瞬間には、体が勝手に動いていた。
「あ゛ぁあああああああ!」
履いていたハイヒールの踵で、思いっきり足のつま先を踏みつける。
結構なピンヒールだったから、さぞ痛かったことであろう――、押さえつけてくる男の腕の力が弱まった瞬間、肘で男の
どぉん!
「ぐ……っ!」
男が床に打ちつけられる、激しい音が室内に響く。
「ルシェル様!?」
その音が廊下まで響いたのだろう。
騒ぎを聞きつけたエドガー様が、慌てた様子でドアを開けて入ってくる。
「あっ……、申し訳ありません……!」
エドガー様は下着同然の私の姿を見て一瞬動揺するが、すぐに足元に転がっている侵入者の姿を見て気を取り直す。
「この男は……?」
「……」
言いながら、エドガー様が来ていた上着を脱いで私の肩に羽織らせかけてくれたので、黙ってそれを受け取り腕を通さず前だけ合わせる。
「グリンゼラスの第一王子……」
気絶して倒れていた男をひっくり返して、エドガー様が愕然とつぶやく。
そう――、私を襲った暴漢。聞き覚えがある声だと思いながら背負い投げたその男の正体は、なんと――かつての私の婚約者、アルベルト様だった。
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