第12話 【SIDEアルベルト】アルベルト、めくら判に目覚める 〜王太子剥奪カウントダウン〜

「――帝国から、正式にルシェルを皇妃として迎え入れたという知らせが届いた」


 父王に呼び出され、深いため息と共にそう告げられる。

 二ヶ月後には国をあげて結婚式を行うのだという。


「これで、ルシェルを連れ戻すと言う案はなくなったわけだ」


 流石に、帝国の皇帝との結婚が正式に決まったと知らされた後に、やっぱり無かったことにしたいと言ってもどうしようもできない。

 と言うか、皇帝の宴があった日からまだ一週間そこらだが、いくらなんでも速すぎではないか?


「それで――どうするつもりなのだ?」


 先日の、スレーナと教育係の話を耳にした上で、あえて聞いてきているのだ。

 このまま、王太子としてやっていけると思っているかどうかを。


「正直、お前を王位につけるより、大公位でも与えて王室直轄領を所領として与えた方が、お前にとっては良いのではないかと思ってはいる」

「それは……、マルセルを正式に第一王位継承者として据える、ということですか」

「まあ、そういうことになるな」


 マルセルは、父が母の側仕えだった女に手をつけ産ませた子だ。

 子供を産んだことで側仕えから愛妾として置くようになり、王宮ではなく、父が愛妾に与えた別宮で過ごしているので、ほとんど会ったことはない。


「父上。お言葉ですが、そうと決めるには早計過ぎではありませんか? ルシェルがいなくなってまだ一週間もたっていないのですよ?」

「しかしな……」

「今はまだ私も、突然増えた業務を処理するのに時間を要しておりますが、こんなものはやっているうちに慣れます。マルセルはまだ6歳。マルセルの成長を待つより、私ができるようになる方が確実に早い」

「……まことにそう思うのか?」

「当たり前です、父上」


 私には、この国を背負うべく生まれてきた天命がある。今は些事さじわずらわされ、思うようにできない状況ではあるが、こんなもの、私が本気を出せば大した問題ではないのだ。


「わかった。しかし、保険はかけさせてもらう」

「保険?」

「マルセルにも帝王学を学ばせる。もしもお前よりマルセルに才覚が見えた時は、その時はお前がなんと言おうがマルセルを王位継承者に据える」

 


――

 

「アルベルト様! 先週お持ちした書類ですが、一体いつになったら決済してもらえるのですか!?!?」

「おい、割り込むな! こっちが先だぞ!? こちらの不備書類を先に確認してください! アルベルト様、先日修正していただいた箇所にまた不備があるのですがどういうことですか!?」


 執務室戻ると、私の戻りを待ち構えていた貴族たちが、我先にとまくし立てる。

 王子の執務室は今――、うずたかく積み重ねられた書類で机上も見えないほどに埋め尽くされていた。


「どうなっているのですか!? この惨状は! もはやどこにどの書類があるかさえ怪しいではないですか!」

「それは――、スレーナが管理しているから」

「えっ」


 私の言葉に、すぐそばで書類の整理をしていたスレーナが声を上げる。

 そして、その部屋にいた全員の視線が――その声の主に向かって注がれる。


「えっ……、ええ。こちらの書類は私が」

「じゃあ私が先週提出した、橋梁修繕事業の計画書を出してください!」

「あっ、ずるいぞ! 私の、私の商業施設新設案も……!」

「えっと……」


 もたもたと、スレーナがそこらじゅうの書類をめくって探そうとするも、あまりの書類の量になかなか探し出せないようだった。


「スレーナ様……、管理とは如何様に……?」

「……っ」

「もう良い! 貴殿らで勝手に書類を探し出して構わん。見つけたものから順次そのまま判を押す」

「ま、まことですか!?」

「ああ」


 国の中枢に関わる高官ならば、優秀な者が揃っているはずだ。怪しい人物が持ってきた書類だけ弾けば、あとはそうそう問題にならないだろう。


 それに、何かあれば不正な書類を提出した方に責任を負わせればいい。

 そう考えたら、それはとても効率的な案に思えた。


「で、でしたら新しく書類を作り直して参ります! そのほうが都合が良……、ではなく、探す手間が省けますので!」

「おお……、確かにその方が効率が良いですな……!」


 誰かの発した発言に、我も我もと他の高官たちもが賛同し、争い合うように執務室から駆け出して行った。


 はあ……。

 やっと静かになったことに安堵し、どさりと椅子に深く沈み込む。


「アルベルト様……! 私、こんなことできませんわ!」


 ……静かになった、と思えたのも束の間だった。


「どうして私がこのような仕打ちを受けなければならないのです!?」

「……このような、とは?」

「そんなの、言わなくてもおわかりになりませんか!?」

「……」


 ただでさえ煩雑なことが増えて疲れているのに、スレーナにまで喚き散らされると思うと、途端にゲンナリする。


「王妃の責務とは、子を産み、王家の血を絶やさぬことではありませんの? こんなことをしていては、子を産む前に倒れてしまいます!」

「……」


 確かに、スレーナの言うことは一理ある。

 王妃の責務は子を成すことだ。

 それが、このようなことに拘うこと自体、何かおかしい気がする。


「私たちが倒れてしまう前に、こういったことに長けたものを雇うべきです。そうすれば、この積み重ねられた書類も片付きますし、アルベルト様も円滑に仕事を進められますわ!」


 困ったことがあれば、その者に助言を乞うこともできるし、いざという時は代理で仕事を任せれば良い。

 スレーナの意見は、至極もっともなものだと思った。


 それに、先ほど閃いた怪しい書類だけ精査するという作業をその雇った者にやらせれば、私がいちいち細かく書類の内容を確認せずとも良くなる。

 そして――、それがうまくいけば、王太子の位を剥奪されずにスレーナといることができる。


「さすがスレーナだ。早速、対応できそうな人物を当たってみよう」

「ええ。なるべく表立って主張しない、控えめな方を」

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