番外編4 初めてのデート2
「……! 美味しいですね!」
ぱくりとキッシュを一切れ口にして、じゅわっと中から旨味が溢れ出たことに感動して思わず声が出た。
カイナス様が連れてきてくれたのは、最近できたのだというキッシュがメインのカフェだった。
そんなに多くない席数ではあるが、客席と客席の間も適度に保たれており、屋根裏部屋の隠れ家に作ったカフェのような、そんな素敵なお店だった。
「うん、美味い」
カイナス様も、フォークに差した一切れを口に入れると、噛み締めるように言葉を漏らす。
「素敵なお店ですね……。ここにお気に入りの本を持ってきて、のんびり読書できたら幸せそうじゃないですか?」
「ルーシェは、本当に本が好きだな」
日当たりも程よくて、ここで美味しいお茶を飲みながら好きな本を読めたらさぞ幸せだろうと思って口に出したら、カイナス様に苦笑された。
「確かに、なんででしょう……? 自分の見知らぬ風景や人々が見えるのが楽しいんですかね」
言われて、確かになんでだろうと思って真剣に考え込む。
天空を鏡のように映し出す大きな湖。
一日中夜が来ない凍てつく大地。
運命のように出会う恋人や親友。
新しい、胸を高鳴らせる何かを求めて、ついページをめくってしまうのだ。
「うっかり面白い本に出会ってしまった夜は、ページをめくる手が止められなくて。次の日家庭教師の前であくびを噛み殺すのに苦労したのを覚えています」
「ルーシェでもそんなことがあるのだな」
「カイ……には、なかったんですか?」
いつのまにか、さらりと偽名を呼ぶことに慣れてきているカイナス様に対して、自分はまだついうっかりカイナス様と呼んでしまいそうになる。
よほど注意深い人間でないと気づかれない程度には収まっていると思うが、確実にカイナス様にはバレているだろう。
「もちろんあったさ。でも、そんな時は開き直ってサボっていたな」
「え、カイがですか!?」
「ああ」
今の生真面目なカイナス様からは信じられない言葉だ。
サボる、という言葉から一番遠そうな人なのに。
そう思って、改めて目の前に座るカイナス様を見ながら。
今の自分はまるでおとぎ話の世界にいるみたいだなと思った。
窓から差し込む光が、小さな埃を反射して、幻想的な空気を作り出している。
その中で、いつもよりも少し落ち着いた格好をしているカイナス様は、なんだか物語の中の登場人物みたいだ。
ふと、急に思いついた悪ふざけを試してみたくなって「カイ……、ちょっといいですか?」と、テーブルの前に身を乗り出すように、ちょいちょいとカイナス様を手招きをする。
「なんだ?」
「ちょっと、ちょっとだけ、すみません」
行動に起こす前に、軽く謝罪の言葉を紡ぎながら、そうっとカイナス様の髪に手を伸ばす。
いつもはあげている髪を変装用に下ろしているカイナス様を、あえてさらに私の両手でボサボサにする。
そうして、まぶた近くまでボサボサになった前髪で隠れたカイナス様に、私が変装用でかけていたメガネをとって、そのままつけさせてみる。
「――ふふっ」
なんだか、物語に出てくるちょっとだらしのない作家か研究者みたいな姿になって、おかしくて笑ってしまった。
その間、私にいいようにされながらじっと待ってくれているカイナス様が。
やたらと、無性に愛しくて。
「可愛いですよ、旦那様」
どんな姿形をしていても、
私の旦那様は世界一の夫だ。
「ふ……。奥様には敵わんよ」
そう言ってカイナス様は、するりと私に顔を寄せ。
誰にも気づかれないような――ほんの一瞬。私の唇に自分のそれを重ねたのだった。
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