地味令嬢、しごでき皇妃になる!〜「お前みたいな地味な女とは結婚できない」と婚約破棄されたので元の姿に戻ったら皇帝に溺愛されました〜

遠都衣(とお とい)

本編

第1話 婚約破棄、からの皇帝の求婚

「ルシェル・エーデルワイス。今、この時をって、貴様との婚約を破棄する!」


 私に向かってそう言い放ったのは、この国の王子であり、私の婚約者でもある、アルベルト・グリンゼラス様。

 きらびやかに彩られた王城の大広間で、婚約者の私ではなく別の女性をエスコートして現れたアルベルト様は、私を見るなり開口一番そう言った。


 ――広間に集まる、この国の有力貴族の面々に響き渡るように。


「婚約破棄……ですか」

「そうだ」

「アルベルト様。よろしければ、その理由を私にお聞かせいただけますでしょうか」

「決まっている! お前のように地味で陰気な女が、この国の王妃など務まるわけがないからだ! 周りを見、己を省みてみろ。お前のような地味な女をこの私の隣に立たせるなど、私に恥をかかせるだけだとなぜわからないのだ」


 そう言うとアルベルト様は、私に見せつけるよう、隣に寄り添う女性を自らにグッと抱き寄せる。


「どうだ。私には、お前のような地味な女より、スレーナのような華やかで美しい女性の方がふさわしいと思わないか?」

「まあ、アルベルト様ったら……。そんなことを言っては、ルシェル様がお可哀想ですわ」


 そうは言いつつも、スレーナと呼ばれた女性の目は、私をいたわるというより嘲りの目で見ているのがありありとわかった。


 これは、なんの茶番なんだろう?

 こんな――大勢の貴族たちの目の前で、私を貶めるかのように嘲られて。

 アルベルト様のためにと、いままで私なりに頑張ってきたつもりだったのに。

 これほどの酷い扱いを受けなければならないほど、私はアルベルト様にとって目障りだったのだろうか――? と。

 自分の全てを否定されたような気持ちになり、ずきりと胸が痛む。


 そもそも私がこうして、地味で目ただないような格好でひっそりと存在感を隠してきたのは、すべてアルベルト様の一言を守ってきたからなのに。


 それは、今から4年前のことだ。

 私が正式にアルベルト様の婚約者となり、アルベルト様と一緒に大人たちの集まる場に顔を出すようになると、大人たちはこぞって私のことをもてはやした。


 ――まあ、なんて愛らしい。天使のような婚約者を得られて、王子様はお幸せですね――。

 ――成績も大変優秀なのだそうで、教育係の者がこんな優秀な方はみたことがないと――。

 ――乗馬大会でも優勝なさったとか。文武両方兼ね備えるなんてなんて素晴らしい――。


 アルベルト様への賛辞もそこそこに、大人たちが皆私を誉めそやすのを見て、たまりかねたアルベルト様はある日私を呼び出してこう言った。

 

『お前は俺より目立つんじゃない! 目立たないように大人しく静かにしていろ!』


 そうして私はその日から、それまでの自分を捨てて、地味に大人しく過ごすよう心がけた。

 年頃の少女らしくおしゃれしたり着飾ったりするのも控えて、髪もあえて整えず結い上げず、目が悪いわけでもないのに分厚いガラス玉の入った眼鏡をかけて自分を隠してきた。


 ――そうしないと、アルベルト様の機嫌が悪くなるからだ。


 私に当たり散らすだけならまだいい。

 無関係な周りの人たちにまで被害を及ぼすので、そうせざるを得なかったのだ。


 そうして、私が今の装いをするようになった最初のうちは、アルベルト様も突然変貌した私の様子を疑わしげに見ていた。

 しかしそれが、数ヶ月たち、1年が経ち、だんだんと今の私の出立ちに慣れてくると、次第にアルベルト様は私のことを軽んじてくるようになった。

 そのことに、釈然としないものも感じなくはなかったが、子供ながらに私が王家に嫁ぐことは家族も望んでいることなのだろうと思っていたし、貴族の婚姻なんて所詮こんなものなんだろうと私もどこか割り切っていたのだ。

 

 それがまさか。

 こんな形で婚約破棄を言い渡されることになるなんて。


「どうした。ショックで言葉も出ないか」


 黙ったまま言葉を発しない私に、ふん、と嘲るように笑いながらアルベルト様が言い放つ。


「いえ……」


 その一言で、私は気持ちを切り替え、真っ直ぐにアルベルト様に向き直る。


「アルベルト様がそうなさりたいと仰るのでしたら。私には何の異存もございません」


 そうして、私はこれまで学んできた、自らの出来うる一番美しい所作でもって一礼をする。

 ここでゴネたところでどうしようもない。

 私が『婚約破棄は嫌だ』と泣き喚いたところで、アルベルト様の気持ちが変わるわけでなし。

 大勢の貴族たちの前で、無様な姿を晒すだけだ。

 

 それに、そもそも私は疲れ切っていた。

 執務が得意でないアルベルト様の代わりに、目立たないよう、わからないよう仕事を肩代わりし、裏で手を回し、仕事を片付けて立ち回る生活に。

 そうして、こちらが絶え間ない努力を続けながらアルベルト様のことを支えようとしても、当の本人はそのことに全く気付かず、日々私を軽んじるだけの日々。


 今日のこの出来事は、私のその疲れた心にとどめを刺す、最後の大きなひと押しとなった。

 

「このまま私がこの場にいては場を乱すだけになりますので、こちらで失礼させていただきますことをお許しください」


 帰ろう。

 帰ってこの窮屈なコルセットを全部外して、ベッドに横になってとりあえずゆっくり休もう。

 思いっきり泣くなりなんなりして、今まで頑張ってきた自分を褒めてあげよう……!

 後のことを考えるのはそれからでいい。

 今日はもう、この場を後にさせてもらいたい。

 これ以上ここにいて、茶番のタネになるのはまっぴらだ。

 そう思って、アルベルト様からくるりと向き直り、本日の主賓がいるであろう場所へと顔を向ける。


「国王陛下。そしてオルテニア帝国皇帝、カイナス陛下。せっかくの歓待の場に水を差してしまい、大変申し訳ありませんでした」


 そう。

 今日のこの宴は、大帝国の皇帝をもてなす宴の場だった。

 本来なら、決して小国の王子が婚約破棄を宣言して、場を壊して良いような集まりではなかった。


「いや、いい。面白いものを見せてもらった」


 広間に、心地の良い落ち着いた低音の声が響く。

 その声の主――私の謝罪を受けたオルテニア帝国カイナス皇帝は、特段気分を害した様子もなく、にこやかにそう応えた。


「それに、こちらとしても都合のいい話だった。手間が省けたというべきか」


 そう言って、鷹揚に話を続けるカイナス皇帝は、御年26歳になる。

 早くに父親を亡くし、若くして皇帝の座についた彼は、早世した父王の意志を継いで大陸の三分の二をわずか数年で帝国領として制圧した傑物である。

 落ち着いた物腰、整った美貌――冷血皇帝で名の通ったカイナス皇帝は、噂に違わぬ威圧感と存在感を併せ持つ人物だった。


 そうして。

 その――麗しい御尊顔が、泰然とこちらに向かって微笑んだまま、とんでもないことを言いだしたのだった。


「エーデルワイス公爵令嬢ルシェル殿。婚約破棄をされたのなら、私のところに嫁いでくる気はないか?」

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