第2話 アルベルト王子の醜態

「カイナス皇帝陛下……!」


 皇帝の言葉を聞いたグリンゼラス国王――つまりアルベルト様の父である――が、突然の皇帝の申し出に驚いたように声を上げる。

 

「なにか問題が? 今まさに、貴殿のご子息が彼女に婚約破棄を申し渡したばかりではないか」

「それは……」


 しれっとした様子でそう言い返すカイナス皇帝に対して、応えに窮する国王陛下。

 そこにまた、アルベルト様の声が割り込んでくる。


「こ、皇帝陛下! この者は、皇帝陛下の隣に立つに相応しいものではありません!」

「ほう?」


 皇帝と王の会話に割り込むというアルベルト様の不躾ぶしつけな行為に、カイナス皇帝が片眉を上げて応じる。

 

「それはどういう意味だろうか? 私が彼女を望むと、君に何か不都合でもあるのだろうか?」

「そ、それは……」

「――グリンゼラス王国きっての秀才。エーデルワイス家のほこる才女――。ここを訪れてまだ間もない私にさえ、彼女の評判は耳に入ってきた。君は見た目だけで彼女を評価しているようだが、それは一国をべるものの資質としてふさわしいと言えると思うか?」

「それはっ……! 恐れながら皇帝陛下、それはその女を、皆が過大評価しているだけだからです! その者は、公爵家という恵まれた環境に生まれ、学びを得られる場を得られたから優秀だと評されているというだけのこと! その程度のこと……、学びを得る環境があれば誰にでもできます!」

「……ほう」


 アルベルト様の言葉に、カイナス皇帝がすっと目を細める。

 心なしか周囲の温度が一段下がったような空気を感じたが、相対するアルベルト様はそのことに気付いた様子もなく、さらに言葉を言い募る。


「そう……、そうです! その程度のこと、学びの機会をさえすれば、このスレーナにも出来うることです! ですから私はっ、彼女を、新しい私の婚約者として迎えようとしているのです!」

「ばっ……!」


 場をわきまえないアルベルト様の発言に、国王陛下が慌てたようにアルベルト様に向き直る。

 

「そうか。それならやっぱり、何の問題もないではないか。君は彼女ではなくそのスレーナ嬢を選び、私は他でもない彼女――ルシェル嬢を欲している。私はね、君の意見よりも、私が大国の主として培ってきた、己の感覚を信じて彼女を選ぼうとしているのだが」


 ――それ以上、何か言いたいことがあるならば言ってみろ――。


 カイナス皇帝の発する無言の圧力に、ようやく己が失態を犯してしまったと気づいたアルベルト様が重たく威圧される。

 

「申し訳ありません! カイナス皇帝! 愚息が大変失礼を致しました……! こやつには後ほど、私からよく言って聞かせます故……」


 この状況になってもまだ懲りずに、尚もカイナス皇帝に反論しようとする動きを見せるアルベルト様を、国王陛下が抑え込む。


「ち、父上!!」

「いいからお前は黙っておれ!!!! おい、そこのお前、王子を外まで連れて行け」

「父上、まだ話は終わっていません! 父上……、父上!!」


 そうして、アルベルト様は国王陛下の言葉を受けた兵士に引きずられるようにして、大広間から立ち去って行った。


「カイナス皇帝……。折角の宴にこのような醜態……、誠に申し訳ありません」

「他国の家事情にとやかく言う趣味はないが、ご子息の教育は今一度見直した方が良さそうだな」

「は……」


 はあ、と大きなため息をつく大国の皇帝を前に、国王陛下はただただ身の置き場もなく頭を下げる。


「ではまあ、埋め合わせというわけではないが……。気を取り直して、この後彼女とふたりで、少し落ち着いて話せる時間をいただけないだろうか?」


 そう言って、カイナス陛下は国王陛下に話しかけながら、私を見てにこりと笑いかけてきた。


 今日もいつもどおり『大人しく、目立たないようにしよう』と心に決めてこの宴に参加した私だったが、それがまさか、大国の皇帝とふたりで対峙する日になるなどとは、夢にも思っていなかったのであった。


 ――


 かくして私は、皇帝陛下の滞在する客室に招かれることとなった。


「すまない、ちょっと散らかっているが」


 そう告げてくるカイナス皇帝の言葉が社交辞令ではない程度に、確かに室内は書類で乱れていた。


「色々と締め切りに追われていてね……。見苦しいところを見せて申し訳ない」

「いえ……」

「ああ、遠慮せずに掛けてくれ。ここでは形式とか気にせず、気楽にしてくれればいい」


 そういうカイナス皇帝は、先ほど大広間で見せていたよりも、少し砕けた様子をこちらに見せているようにも見えた。

 私は促されるままに、皇帝陛下と相対するソファにそろりと腰掛ける。

 そうして改めて、失礼にあたらない程度に、こちらを見据えてくる皇帝をじっと観察する。

 立っていると、すらりとした長身で威圧感さえ感じさせる風貌だと思ったが、座っていても存在感の強さはあまり変わらない。

 艶のある黒髪の下からは、赤みがかった夕焼けのような色の鋭い眼差しがこちらを射抜いてくる。


「さて」


 何から話せば良いのだろうと言葉を選んで、黙ったままの私に、カイナス皇帝の方から声をかけてくる。


「君をここに呼んだのは、先程あの場で伝えた通りだ。君にぜひ――皇妃として帝国に嫁いできてもらいたいと思っている」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る