第39話 物語の終焉、からの新しい物語
――人は、明確な目的ができると、強く
ひとしきり泣き叫び、落ち着いて頭が冷えてくると、次第に『戻って来たからには今度は、何処に向かって何をどうすべきか』ということが頭の中で明確になってきた。
できれば、戦争を回避してすぐにでもルシェルを探しにいきたかったが、しかしいつもこの時点では既に、もう回避のしようもない状態まで事が進んでいる。
それは、過去何度も戦争を回避しようと試みたが、変えようのない事実だった。
だから今回は、最速で戦争を終わらせ、大国の皇帝となった状態でルシェルを迎えにいく。
考えうる中で、その案が最適解だと思った。
大帝国の皇帝になった後ならば、他国の令嬢に結婚を申し込んでも、多少強気で出ていける。
そうして――そこまで考えた上でまず最初に自分がやったことは。
父に命じられて戦争を始める準備をしながら、【エルマ・テラー】として新作の本を出版することだった。
――それは、彼女が望んだ、彼女のための物語。
死に戻る前、結局彼女に書いて見せてやることができなかった物語を、長編にして最後まで書き切って出版した。
『光の勇者と魔法使い』という安直なタイトルにした本は、今まで出して来た自分の本の中で最高部数を叩き出したのだった。
そうして、続々と送られて来るファンレターの中に、彼女の名前を見つけた時は。
……正直、言いようもないほどに心が震えた。
――読んでくれた。彼女が。この本を。
それが、戻って来たこの世界にも確かに彼女が存在する証明となって、また一つ勇気づけられる。
そして、この時手にした彼女からのファンレターが、それからの俺の数年を支えることになる。
戦いの最中、心が折れそうになる時。
会いたくて寂しい想いを募らせる時。
逗留中のテントの中や、野営した星空の下で。
常に持ち歩いていたそれを、そっと開いては何度も読み返し、綴られた文字をなぞった。
あの時目にしたものよりも、少し幼さを感じさせる彼女の字。
――彼女が生きている。
その実感を得るだけで、涙が出そうなほどに嬉しかった。
やがてそれが、彼女と出会った時にその手紙をちらつかせ、脅しに使うことになるのだが――。
よもや彼女も、何の気なしに書いた一通の手紙が、一人の人間をこんなに救っているとは夢にも思っていないだろうなと微笑った。
あの時、彼女から得られたもので役に立ったものは他にもある。
それは、彼女と幾度も話しあった、過去の戦争の戦術の穴だ。
彼女の指摘したその案を使うと、面白いくらいにあっさりと勝利を得ることができた。
破竹とも言える勢いで近隣諸国を制圧し、これまでの最小数の犠牲で戦争を終結させる。
なんと、前回5年かかっても成し遂げられなかった戦功を、今回は3年で達成することができたのだった。
その間に、父は病で倒れ、自らが正式に皇帝の位を継承する。
――これで、お膳立ては整った。
戦争が終わって間もない中、急ぎグリンゼラスへの滞在日程を組む。
ファンレターの送り主から、ルシェルがどこの何者なのかということは既に調査済みだ。
事前にグリンゼラスにも密偵を配置し、なにかあればすぐに連絡を寄越すようにとも伝えてあった。
なによりも、あの時話に聞いた、婚約者だという男から害をなされる前に、彼女を守らなければと思ったのだ。
■■
――いた。
グリンゼラス王家から用意された客室の窓から、ルシェルの姿を見つけた。
それは、グリンゼラスに到着してまだ間もない時で、どうやったらルシェルに会えるだろうかと考えを巡らせていた時のことだった。
グリンゼラス国王から歓待の宴を開いてもらえる話にはなっていたので、最悪そこで会えるだろうとは思ってはいたが、それよりもまず、元気でいるのか一目でも姿を確認したかった。
それが――。
客室の窓から見下ろせる、王宮内に張り巡らされた往来用の道を、以前とほとんど変わらぬ姿で颯爽と歩くルシェルの姿が見えた。
――ああ。
歩いている姿を目の当たりにした。
ただそれだけのことなのに。
自分の頬を、一筋の涙が伝っていくのがわかった。
――ようやく、ここまでこれた。
これまでの3年間は、今まで繰り返して来た時間から比べたら遥かに短かったが、それでも気の遠くなるような道のりだった。
――ようやく、ここまで。
ここまで辿り着けた。
どうして俺ばかりこんな目に、と。
ずっと呪っていた神にも、いまなら感謝できる。
窓から差し込む日差しをこんなに暖かいと感じられるのは、いつ以来だろうと思った。
■■■
そうして、歓待の宴でまさか目の前で婚約破棄されるという運命的な場に立ち会い。
それから二ヶ月が経つ今。
愛する妻となった女性が今、書斎の机に突っ伏して、すやすやと居眠りをしている。
「――ルシェル」
「ん……」
名前を呼ぶと、まだ微睡の中にいるのか、もぞもぞと身じろぎをする。
正直、今があまりにも幸せすぎて――、まだ夢の中にいるのではないかと時々思う。
しかしこれは確かに現実で、夢ではないのだ。
そうして、もう一つ確かなことは、これからもずっと、自分は彼女を幸せにし続けるということだ。
「……あれ、カイナス様……?」
夢から目覚めたばかりの彼女の頬に、そっと口づけする。
新しい物語は、まだ始まったばかりだ。
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