第40話 そして物語は続く
「……もしも、呪いにかかったらどうするか? ですか?」
「そうだ」
公務が終わった後。
出来上がった新作を見せてくれるのを楽しみにカイナス様の書斎へ行ったら、迂闊にもそのまま居眠りをしてしまった。
そうして、カイナス様に起こしてもらって。
いざ新作! と思ったら、先の妙な質問をされたのだ。
「それってどんな呪いですか?」
「例えば、一生死ねない呪いとか、殺されたら死ぬ以前の過去に戻されてしまう呪いとか」
「……新作の物語の話ですか」
なんというかまた、今までとは毛色の違う話を持って来たな……。
今までのエルマ・テラー(つまりそれはカイナス様なのだが)のテイストとはちょっと違う感じで、方向性の相談でもされているのだろうかとも思った。
「君だったらどうするか、というのを単に聞きたいんだ」
「……呪いを解く方法を探せばいいんじゃないですか?」
「それが見つからないとしたら?」
なんだかやけにつっこむな、と少し違和感を感じたが、思った答えをそのまま口に出した。
「あり得ないと思います。かけたものは必ず解けます。それがどういったものであれ。そういう仕組みだからです」
かけた状態があるのなら、かかっていない状態も存在しなくてはならない。
それが世界の仕組みだからだ。
差異があるとすれば、簡単に解けるか解けないかだけの違いしかない。
「では、その仕組みが非常に難解で、一生かけても解けないとしたら?」
「死ななければいいだけです。そうすれば、呪いは発動しないんでしょう?」
でも私だったら、何がなんでも呪いが解く方法を見つけ出しますね。性分なので。
そう答えると、カイナス様が「なるほどな」とつぶやいて苦笑した。
「ルシェルらしい答えだ。参考になった。ありがとう」
「なんの参考ですか……」
一体何を聞かれているのだろうと思って尋ね返したが、カイナス様は私の問いにただ微笑するだけで答えを返してはくれなかった。
でもまあ、不死者が主人公の物語か、死んだら過去に戻る特性をもつ主人公の話か。
あまり聞いたことのない話だが、ギミックや設定としては、面白い話になるのではないだろうか。
想像したら少しワクワクした。
「では――、約束の新作の件だが」
「はい」
私が答えると、カイナス様は引き出しから出した原稿用紙の束を、どん、と机の上に置いた。
…………!
ようやく、お待ちかねの新作との対面に、思わずテンションが上がる。
さっそく、表紙と思われる最初のページから、手に取って眺めてみる。
…………………………。
あれ?
「カイナス様……。この原稿、何も書かれていないんですけど……」
私が、虚をつかれたような気持ちでカイナス様に目線を向けると、カイナス様は「ああ」とだけ、短く答えた。
「あの……、新作は」
「用意はしていたが、やはり今のルシェルにはまだ少し早いのではないかと思ったのでな。もう少し機が熟すのを待つことにした」
…………………………。
はあああああああああああああああああ!?
「カイナス様! できる夫が嘘をつくのですか!?」
「嘘ではない。できる夫だからこその配慮だ」
「意味がわかりません!」
まだ早いってどういうことですか!?
まだ、早い……?
……えっ?
「……もしかして、そんな破廉恥な内容が書かれているんですか?」
「君の思考回路は時々本当に面白いな」
まあ、真偽の程はご想像に任せるが、とカイナス様はそう笑って流すだけで。
結局のところ、こちらがどうゴネたところで見せてくれる気はないらしい。
「……見損ないましたよカイナス様……」
「まあ、悪いとは思っている。本当にな。だからの、これだ」
そう言ってカイナス様は『トン』と、机の上に重ねて置いた原稿用紙を掌で叩く。
「これ、とは?」
「ルシェルの望む設定で。オーダーを受けて物語を書く」
…………。
それは、つまり――。
「私の、好みど真ん中の作品を書いてくださるってことですか?」
「ああ」
…………なんと。
「えっ、私の胸熱設定で、カイナス様が書いてくださるってことですか!?」
「そうだ」
…………なんと!
思いもよらなかった展開に、思わず胸が弾む。
「もちろん、創作の過程で好きなように口を出してくれて構わない。これは、ルシェルのための物語なのだからな」
つまり、カイナス様の言うには。
カイナス様がキリのいいところまで書いては私が読み。
その段階で気になるところやこういう展開がいいという意見を相談しながら、話を進めていく。
なんという美味しいポジション!!!!
敬愛する作家の作品を一番に目にすることができ。
しかもそれが私の好みど真ん中の作品で。
なおかつ作品作りにまで関わることができるという。
一石三鳥とはまさにこのことではないだろうかと思った。
「気に入ってもらえたか?」
「はい……!」
気に入ったどころの話ではない。
新作を見せてもらえなかったのは残念ではあるが、こんな機会を与えてもらえるのなら、それはそれで喜ばしいことだと思った。
毎日の生活に楽しみができる。
なんと素晴らしい提案!
さすができる夫!
と、浮かれて周囲に褒めちぎっていたのだが。
■■
結局、そうして生まれた物語が、最終的に更なるベストセラーとなり、その結果、私に『エルマ・テラーの名編集者』という新しい肩書きがつけられるようになる。
――オルテニアの皇妃は、皇帝にとって公私共に仕事のできる最良の妻である、とまことしやかに囁かれることになるのだが。
それは、また別の話である。
第一部 完
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【後書き的なお礼】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
とりあえずいったんここで第一部完結となります。
今後、本作の続きを書くネタはあるのですが、
しばらくは番外編をちょこちょこ書いていこうかなあと思っております。
今作が私にとって2作目の長編となるのですが、ここまでお読みいただき、
『面白かったな』『応援してもいいかな』そう思っていただけましたら
本文下にある『☆で称える』の+ボタンを3回押して評価等していただけると嬉しいです!
作品や作者のフォローをしてくださった方もありがとうございます!!
今後の励みになります!
番外編や次回作の準備もございますので、
今後を楽しみにお待ちいただけますと幸いです。
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