閑話 皇帝陛下の側近の独白

 俺の名前はエドガー・ウィステリア。

 カイナスの――、オルテニア帝国皇帝の側近だ。


 俺の父親がカイナスの母親と兄妹だったために、幼い頃からカイナスと一緒に過ごし(つまるところ従兄弟と言うことになる)、カイナスが父親から皇帝の座を継承し、領土拡大すべく各地で戦争を指揮していた時もずっとそばで仕えてきた。


 カイナスと俺の20代前半はほぼ戦いに明け暮れ、血に塗れていたと言っても過言ではない。


 そんな俺たちも、ここ数年でようやく戦争も落ち着き、統治した領土内の視察に回れるくらいになった。

 なった――と言うか、突然、カイナスが視察に回ると言い出したのだ。

 ついでに、近隣諸国に挨拶回りをしたいと。


 近隣諸国の方々には――、そりゃあビビられた。

 なにせ、ここ数年で数カ国を制圧しまくった国の皇帝が来るのだ。今度はうちの番なんじゃないか、と気が気ではなかっただろう。

 まあ、奴らの気持ちもよくわかる。俺だって逆の立場だったらきっとそう思った。

 しかし、今回の目的は、最初に言ったようにあくまでも視察だ。

 戦争が終わって、こちらが落ち着いたタイミングで寝首をかこうとしてくる国がないか、友好な国交を結べるかどうか。戦争が終わったばかりだが、こちらはまだ視察で動けるだけの国力があるぞ――、という警告も兼ねた、視察である。


 文字通り、ものごころつくころからカイナスを見てきた俺だが、正直コイツは人間じゃないんじゃないか? と思うほどに出来すぎたやつだった。

 冷静沈着、快刀乱麻。

 必要な時には冷徹なほどに非情な判断を下すことも辞さないが、ちゃんと部下を労る温情も持ち合わせている。

 あまりにも完璧すぎる故に、人間味がない。

 冷静さ、冷徹さが表に出過ぎていて他人を寄せ付けない――どこか、そんな印象の強かったカイナスが。


 デレている。


 いや、デレている……という表現は正しくないかもしれない。

 ……鼻の下を伸ばしている?


 いずれにしても、ものすごく微差な変化なので、おそらく長年あいつを見てきている俺くらいにしかわからないだろう。


「ルシェル、紹介する。エドガーだ」

「初めましてルシェル様。エドガー・ウィステリアと申します」

「エドガー様。初めまして。ルシェル・エーデルワイスと申します」

「道中はエドガーが護衛に着く。今後もそういった機会が多くなるだろう。多少軽薄に見える部分はあるが、腕は確かだ」


 軽薄ってなんだよ。

 失礼な。

 そうは思うが、一応皇帝の前という建前はあるし、自重しておく。


「そうですか……。エドガー様、これからどうぞ、よろしくお願いいたします」

「ええ、よろしくお願いいたします」


 小さな不満を飲み下し、ルシェル嬢の手を取り軽く手の甲に口づけをすると、カイナスがなんとも言えない顔をしていた。


 驚きだった。

 あのカイナスが、焼き餅を焼いたような表情を浮かべている……!


 驚くべきことは他にもあった。

 グリンゼラス国に来てルシェル嬢と接するようになってから、あの表情に乏しい、どちらかというと冷淡な顔つきだったカイナスが、皮肉でも苦笑でもない笑みを浮かべるのだ。


 さっきも、カイナスとルシェル嬢を乗せて帝国へと向かう馬車に並走して走っていると、窓からちらりと、眠りこけるルシェル嬢に肩を貸してやってる姿が見えた。


 そして、信じられないことに幸せそうに微笑んでいるのだ!! あの、カイナスが!!



――



「……俺には、お前がなんでそんなにルシェル嬢に入れ込むのか理由がよくわからないんだが」


 今日の宿泊地に到着し、室内までカイナスを護衛してきた俺は、当人に向かって率直に尋ねた。


「……運命の相手だからじゃないか?」

「は?」


 ウンメイノアイテ?

 運命の相手!?


「おま……、それ本気で言ってるのか?」


 俺の言葉に、カイナスはただ苦笑で返すだけで。


「はぁ……。長年一緒につるんできて、よくわからんやつだと思う事はしばしばあったが、今回ほど俺はお前がようわからん」

「ああ、お前はそれでいい。そのままでいてくれ」


 なにが『そのままで』なのかよくは理解できなかったが「わかったよ」と軽く返事をする。


「帝国に着いても、しばらくの間はお前にルシェルの護衛を任せたい。頼めるか?」

「ああ」

「助かる。お前が一番、信頼が置けるし頼りになるからな」


 俺も単純なもので、こいつにそう言われるとてんで弱い。

 あまり他人に信頼を置かないカイナスにそう言われると、満更でもない気持ちにさせられるのだ。

 俺ってちょろいなぁ……。


 まあしかし。

 皇帝から皇妃(予定)の護衛を任されるなんて、光栄なことだ。

 それに、カイナスをあんな風に変えられる人間など唯一無二だし。

 仲良くしておいて損はない。

 多少地味な皇妃になりそうだとは思うが、あのカイナスが選んだのなら人格的もしくは能力的によほどできた人間なのだろう。



 ――そう。

 俺はまだ知らなかったのだ。

 昨日のエーデルワイス家の会食に、帰路の護衛計画の最終打ち合わせのため、同行していなかった俺は。

 あのルシェル嬢が、まさかアヒルの子から白鳥に変身を遂げることも。


 そしてその白鳥が、聡明さと強さを併せ持つ、とんでもない逸材だったという事も。

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