第8話 【SIDE アルベルト】スレーナの資質 〜王太子剥奪カウントダウン〜

「なんでこんなに書類が多いんだ……!」


 執務室の自分の机の上に置かれた、膨大な量の書類に愕然とする。


「はあ……。ですが、まだこれでも通常より少ない方でして……」


 これで少ないだと?

 机の地肌が見えないほどに書類で覆い尽くされ、立っている政務官の鳩尾みぞおちが隠れるくらいに積み上がっているのに!?


「ルシェルさまは、この1.5倍の量を通常業務としてこなしておられましたが……」

「……」


 ルシェルの名前を出され、不愉快な気持ちが込み上げる。

 ルシェルは、先日私が申し渡した婚約破棄の話を承諾し、事もあろうにオルテニア帝国の皇帝について、帝国へと行ってしまったのだと聞いた。

 結局、ルシェルの愛国心などその程度のものだったのだ。

 あっさりと自国を捨て、帝国に寝返るような尻の軽い女など、私の伴侶として相応しくなかったのだ!

 そうだ、やはり自分は間違っていない――と自分に結論づける。


「……スレーナに手伝ってもらう。いずれスレーナも覚えなければならない仕事なのだ。少しくらい早めても良いだろう」

「でしたら……、一度アルベルト様に全てお目通しいただき、スレーナ様の対応分を選別頂きたく……」

「は!? この量をすべてか!?」

「はあ……。ルシェル様は今まで、そのようになさっておられましたので……」

「……!」


 政務官が言うには、ルシェルは今まで、朝早くにこれらの書類に目を通し、その五分の一ほどの量を私の処理分として割り当てていたらしい。


「……書類の選別は、貴公に任せる」

「はっ!? む、無理です! 王族の決済する書類の責任を、私などが……」

「無理だと言うのなら、お前はクビだ! 王子付きの政務官ならば、これくらい出来て当たり前だろう!」


 そもそも、私は高位貴族たちとの交流や、剣の稽古等も抱えていて忙しいのだ。忙しい王子の補佐をするのが政務官の勤めではないか!


「スレーナのところに行ってくる。スレーナにも、今後の話を通しておかねば」

「あっ、アルベルト様……」


 これ以上、政務官の情けない泣き言を聞くに堪えないと、縋るような声をあげるのを置き捨ててバタンとドアを閉める。

 まったく、どいつもこいつも忌々しい。

 スレーナならば、私の意見を理解し、私を慰め、助けてくれるはずだ。

 そう思い、癒しを求めてスレーナの元へと足を運ぶ。



  

「あ、アルベルト様……!」


 スレーナにあてがった王城内の部屋を訪れると、私を見た瞬間、スレーナが待っていたと言わんばかりにこちらに近づいてくる。


「スレーナ……」

「話が違うじゃありませんかアルベルト様! 私、なぜこのようなことをさせられなければならないのです!?」


 熱い抱擁を交わそうと両腕を広げた私に、飛び込んできたのは非難の声であった。


「アルベルト様は、私は完璧な淑女だから、そのままで問題ないと、ありのままの私で良いとおっしゃっていたではありませんか……!」


 なぜこのような淑女教育などさせられなければならないのか、といまにも泣き出さんばかりに顔を覆う。

 確かに、スレーナにそのようなことを言ったのは私だ。

 そのままのスレーナでよい、と言ったのも。

 父や重臣たちから「王族と貴族では多少作法が異なるため、その点は教えが必要になる」と言われ、スレーナに教育係をつけることを了承したのも。


 私は答えに窮し、どういうことかと意見を求めて教育係をみやる。


「恐れながら……、スレーナ様の作法が基本からも大きく外れているため、基礎から復習をさせていただいておりました」

「そんな……! 嘘です! この者が私を貶めるために、嘘を付いているのです!」

「なっ……!」


 スレーナの発言に、中年の――おそらく高位貴族の出自であろう女性が、顔色を変える。


「私が、スレーナさまを貶めるために嘘をついたと仰る……? それは私になんのメリットがあるのですか?」

「それは……! ルシェル様の仕返しを……」

「スレーナ様は、仕返しをされるようなことをなさったのですか?」

「……」

「行儀作法もなっていない。家名を覚えているのは誰でも知っているような知名度の高い貴族家だけで、位は低くても国の中枢に関わるような家名も、基盤を支える事業に強い家名も全く認識はない。行政に関する知識なんて以ての外……。これでよく、王妃になろうなど考えましたね」

「……アルベルト様ぁ……」


 スレーナが、救いを求めるようにこちらに目線を向けてくる。


「そんなもの……、これから覚えれば良いではないか」

「ええ。私もそう思って、スレーナ様に教育を施しておりましたが、私が良かれと思って行った事はどうやらスレーナ様にとっては余計なお世話だったようでございますね」


 そう言って、教育係は早々に荷物をまとめはじめた。


「今日はもう結構です。スレーナ様もお疲れでしょうから、ゆっくりお休みくださいませ」


 では、と一礼をして、教育係が静かに部屋を出て行った。

 残された室内に、静寂が満ちる。


「アルベルト様……」

「少し、黙っててくれないか」


 これは、まずい事態なのではないか。

 おそらく、今日のこのことを、教育係は父に話すだろう。

 そうすると――、スレーナに、王妃としての資質がないと言われることになるだろう。

 そうすると――?


 父の言った、王太子剥奪、という言葉が脳裏をよぎった。

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