第23話 ルシェルと結婚式

 純白のドレス。

 レースがふんだんに使われたヴェール。

 華奢きゃしゃで精緻な美しいティアラ。


 鏡の中に映る自分の姿は、自分から見てもあまりにも良くできすぎていて、まるで技巧作家の花嫁人形が鏡の中に置かれているように見えた。


「お姉さま……! とっても綺麗……!」


 ミラベル様がキラキラと目を輝かせながら、私の後ろを行ったり来たりしてはため息をつく。


「ありがとうございます、ミラベル様」

「お世辞じゃなく、本当に夢のように綺麗なんですもの!」


 これ、肖像画を残しますわよね!? とミラベル様が息巻いて尋ねてくる。

 今日の結婚式では、ミラベル様にはブライズメイドをお願いした。

 ブライズメイドというのは、簡単にいうと花嫁のサポートを行う付き添い役のようなものだ。

 前回夜会に呼べなかった埋め合わせというのもあるが、それだけじゃなく、私はミラベル様にやってもらいたかった。


 実際にお願いした時「え……、本当にわたくしでいいんですの……?」となぜかちょっともじもじと恥じらう様子を見せたが、私がミラベル様にお願いしたいのだと頼み込むと「し、仕方ありませんわね……! お姉さまのためにひと肌脱ぎますわ!」と喜びを隠しきれずにいた姿が、可愛すぎて震えた。

 今も、可愛らしく着飾って、目を輝かせながら嬉しそうに笑っているミラベル様を見て、頼んでよかったなと我知らず微笑んだ。


「ミラベル、もう時間だ。皇妃様?」


 準備はよろしいですか? とエドガー様が尋ねてくる。


「ええ、大丈夫です。参りましょう」


 そう答え、私はすっと立ち上がる。

 カイナス様と出会ってから、二ヶ月と少し。


 ――私は今日、皇帝の花嫁になるのだ。 


 

 ――



 礼拝堂へと続く廊下を歩く。

 窓から差し込むうららかな日差しが、暖かく廊下を照らしている。

 晴天に恵まれた、この上ない結婚式日和。

 そんな中、私は一歩一歩、皇帝陛下の待つ礼拝堂へを足を進める。


 不思議な気分だった。

 緊張はない――と思う。

 だけど、現実味が薄すぎて、まるで夢の中を歩いているみたいだ。


 結婚しようと言ってくれた人。

 好意を寄せてくれた人。

 好きになった人。


 全て同じ人で――普通だったら、そんな人と結ばれるのは嬉しくて仕方がないことなはずなのに、順番があべこべで。

 持て余してしまった恋心を抱えたまま、私は今日、好きな人と結婚する。


 ――まあ、実際にはもう籍を入れているので、正しくは結婚しているということにはなるのだけども。


 ヴェールに包まれ、周囲から表情がよく見えないのをいいことに、ひとりでくすっと苦笑する。

 いずれにせよ、腹はとっくに括ってしまっている。

 私が恋心をくすぶらせていようがいまいが、私がカイナス様の妻であるということは揺るがない事実なのだ。


 物思いに耽りながら歩いているうちに、礼拝堂へとたどり着く。

 かつり、と小さく音を立てて、礼拝堂の入り口となる大扉の前で足を止める。

 私が立ち止まると、扉の両側に控えていた兵士たちが、重々しい音を立てながらゆっくりとドアを開いていく。


 ――荘厳な音楽が流れる。

 息を吸う。

 目を閉じ――。

 そして、目を開ける。

 ゆっくりと目を開いた視線の先には、悠然と微笑むカイナス様の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る