第34話 ルシェルと父の本音

 昼過ぎには、父のところにも顔を出した。


「お父様。昨日はありがとうございました」

「お前に礼を言われる事じゃない。むしろ迷惑をかけたのはこちらの方だからな」


 父には、結婚式の間の滞在用にと皇宮内の客室を用意していたが、しかし、私が訪れた時には既に、帰国のために荷物をまとめ出している状態だった。

 せっかく久しぶりに会えたのだから、もっとゆっくりしていってくれれば……と言う気持ちはあったが、これからアルベルト様たちを連れてグリンゼラスまで帰らなければならない、ということを知っていて、そんなことは言えなかった。


「……」


 父は、私が名残惜しそうにしていたのを見て感じ取ったのか、ふっ、と笑って珍しく私の頭を撫でてこう言った。


「すまなかったな。せっかくの結婚式を台無しにしかけて。――だが、いい結婚式だった。シャーリーにも見せてやりたかったよ。……皇帝陛下に、大事にされているのだな」


 そう言う父の顔は、今までに見たことのないくらい”父親”の顔をしていた。

 

「……国王陛下から、お前をアルベルト様に嫁がせると言う話になった時。お前が苦労しないよう厳しく躾けようと思った。……いや、苦労するだろうということはわかっていたが、何があっても、真っ直ぐに背筋を伸ばして立っていられる女性であってほしいと願ったのだ」


 ――結果、厳しくし過ぎていたのではないか。

 娘らしいことも何一つさせてやれず、辛い思いをさせてしまっていたのではないか。

 アルベルト様に嫁いでも大変な未来しか待っていないのであれば、今くらい楽しい思いをさせてやっても良かったのではないか。

 

 父には父の、父親なりの後悔の念があったのだと。


「しかし、今となっては、お前の幸せな姿を見ることができて良かったと思っているよ。それもすべて、お前が自らで掴み取ったものだけれどな」


 子供というのは、本当に大きくなるのが早いものだな――と。

 父が、どこか寂しそうな表情で呟いた。


「……アルベルト殿下は今日、私の出立と共に搬送される。――おそらく、彼の王籍は剥奪されることとなるだろう」


 庇い立てするにも、あまりにも事を起こし過ぎてしまった。

 アルベルト様の他に長く子供ができなかった国王としては、なんとかしてやりたいという気持ちもあったが、周りの重臣からこれ以上見過ごせないという意見が多く集まったそうだ。


 また、国王陛下が側室との間に、一人子供を授かっていたことも大きかった。

 アルベルト様からすると腹違いの弟になるその子は、私も一度だけ顔を合わせたことがあったが、幼いながらもきちんと挨拶のできる、利発そうな少年だった。


「スレーナ嬢は――お腹の子供が誰の子なのかによって大きく変わってくるが――ランバート家からは除名、まず修道院行きは免れないだろうな」


 どちらが先にそそのかして行為に至ったのかは調査してみないとわからないが、グリンゼラスの貴族であるにもかかわらず、王族が婚姻前に性行為に及んではいけないという鉄のルールを知らないという時点で責められても仕方ない、というのが大方の意見らしい。


 子供の頃からアルベルト様の婚約者として育てられてきた私にとっては当たり前の常識だったが、いささか厳し過ぎないかという気もしないでもなかった。


 そう思った事を父にそのまま伝えたら「……お前は、結局、心根のところで優しすぎるきらいがあるな」とたしなめられた。


 父が言うにはどうやら、スレーナ様の部屋にアルベルト様以外の男性が出入りしていた、という裏は取れているらしく。

 相手が誰かまではつまびらかにはされていないが、不貞罪に問われるのはほぼ間違いないのだそうだ。


「娘の結婚式に来てまで自国の尻拭いをさせられるとは……。飛んだとばっちりだったが、こうなってみるとお前が帝国に嫁いだのはやはり良かったのだと思う。結婚式の前に、皇帝陛下に私が殿下のお目付役になった話をした時に、誰よりもいきどおってくれたのも皇帝陛下だったしな」


 父が事前にカイナス様に、結婚式当日にアルベルト様の目付役になったことを伝えると「結婚式当日の花嫁の父親にそんな役割をさせるなどどういうことだ」と、真っ先にそのことにいきどおりを見せたらしい。


「非情で冷徹な人物だという噂を聞き及んでいたから、お前が皇帝陛下に嫁ぐと聞いた時、またこの子は苦境に追いやられるのかと思いはしたが、とんだ杞憂だったな」


 それに、と父が言葉を続ける。


「私は陛下に――、陛下が最初に我が家に訪れた時だ。娘をなんの後ろ盾もない他国に嫁がせることに心配しない親がいるかと伝えると、陛下は私に言ってくれたよ。必ずお前を幸せにする、と」


 それはちょうど、私がカイナス様とダンスをするために、着替えに出ている間のことだったそうだ。


「ほぼ初対面の娘に向かってどうしてそう言い切れるのだろうと、その時は訝しんだものだったが。結果、陛下はちゃんと約束を守ってくれた。そのことについては、本当に感謝している」


 だから、後のことは任せて、お前はしあわせになりなさい――、と。


 そう言い残して、父はグリンゼラスに向けて帰国の途についた。

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