第30話 ルシェルと元婚約者とサプライズ

「それで? 一体どういうつもりで私の妻に襲いかかったのか、説明してもらおうか」

「…………」


 カイナス様が、牢屋に繋がれたアルベルト様に向かって、冷ややかに問いかける。


 あれから――。

 舞踏会を終えた私たちは、とりあえず式用のドレスから普段着に着替えて、アルベルト様が繋がれる牢屋へと来ていた。


 到着すると、アルベルト様はすでに目を覚ましており、仏頂面で床に座り込んでいた。


「……だんまりか」


 私たちが現れてから、アルベルト様は一言も言葉を発しない。

 弁解も謝罪もなく、何を言われてもただ黙るだけである。

 私のことも、一度だけちらとこちらに目を向けて、また不機嫌そうにそらしただけだ。


「仕方ない。とりあえずグリンゼラスには連絡しなければな。拷問ごうもんをするにしても、国王に許可を取らなければ」

「ごっ……!?」


 カイナス様の言葉に、アルベルト様がぎょっとして腰を浮かせる。


「なんだ? 拷問ごうもんが怖いのか?」

「……! ご、誤解があるようだが、私はルシェルを襲ってなんかいない……!」

「ほう」


 アルベルト様の言葉に、カイナス様が興味深げに牢に近づく。


「ならばなぜ、ルシェルのいる部屋に、しかも窓から入ったのだ」

「…………」

「言えないのか。なら」

「……さ、サプライズしようと思ったからだ!」


 苦し紛れに口に出したアルベルト様の答えに、場に沈黙が走る。


「……サプライズ?」

「そうだ」

「結婚式当日の? 花嫁の部屋にか?」

「だから、そうだと言っている!」

「……それが真実だとして、あまりに愚かだとしか言いようがないが……」

「……」


 カイナス様の言葉に、アルベルト様が再び黙り込む。

 少なくとも、どう考えてもサプライズにはふさわしくない日程と挙動。

 しかも、結婚式当日の花嫁の部屋に、花嫁が下着同然でいるところに乱入するなど、正気の沙汰とも思えない。

 言い訳に使うとしても、あまりに苦しくないですか――?

 そんなことを考えていた時だった。


「失礼します! 例の女性ですが、係の者へ体調不良を訴えていたところを捕まえました」

「ちょっと……! 離しなさいよ!」


 そう言って、近衛兵の報告と共に現れたのはスレーナ様だった。


「なによ……! こんなところに連れて来て。私を誰だと……」


 そこまで言ったところで、ようやく、牢の中にいる人物が誰なのかに気付いたらしい。


「アルベルト様!?」


 驚きの声を上げたスレーナ様は、慌ててアルベルト様に駆け寄ろうとするが、依然近衛兵に捕らえられたままで身動きが取れない。

「ちょっと、離せ、離しなさい!」と言って暴れるが、曲がりなりにも鍛えられた兵がスレーナ様の細腕で解けるわけもなく。


「なぜこんなところに囚われているの……!? あなたたち、これがグリンゼラスに知られたら、ただじゃ済まないと分かっているわよね!?」

「ただじゃ済まないのは我々ではなく彼の方だがな」


 そう言い放つカイナス様を見て、スレーナ様が「……こ、皇帝陛下……!?」と驚きの声を上げた。

 そうして、カイナス様と牢の中のアルベルト様を見比べる。


「これは一体、どういう状況ですの……?」

「そこの、君の婚約者殿が、着替え中の花嫁の部屋に窓から忍び込んで襲おうとしたのだ」

「お、襲ったのではない! サプライズだ!」

「……は?」


 話を聞いたスレーナ様が、理解できないと言った表情で牢の中のアルベルト様に視線を向ける。

 

「君は? 何か知っているのではないか?」


 知っているなら洗いざらい話した方がいいぞ――と重圧をかけながら、カイナス様がスレーナ様を詰問する。

 

「わ、私は付き添いで連れられて来ただけです! 何も聞かされていないし、何も知りません……! 皇帝陛下、どうか御慈悲を……!」


 そう言って、カイナス様に自分の胸を押し付けながら懇願するスレーナ様を見て、私の胸になにかモヤモヤするもの湧き上がる。


「触るな。気持ちが悪い」


 対するカイナス様は、縋り付くスレーナ様を冷淡に振り解く。


「……ひどい……っ」

「あのう、申し訳ありません。発言をよろしいでしょうか……」


 カイナス様に振り解かれ、さめざめと泣きだしたスレーナ様を目の当たりにしている私たちに向かって、遠慮がちに声が挟まれる。


「なんだ」

「その女性、先ほど気分が悪いと訴えていらしたので、軽く診察をさせていただいたのですが……」


 そう告げるのは、先ほど、スレーナ様を連れて来た近衛兵と一緒について来た使用人だ。

 誰かと思えば、式の最中に体調不良者が出たときに備えて配備しておいた医療スタッフだった。


「恐らくですがその方、ご懐妊していらっしゃいますね」

「……」


 医療スタッフの言葉に、再び場に沈黙が訪れる。

 

「……は?」


 と漏らしたのはアルベルト様。


「懐妊? スレーナが?」

「……ふ」


 驚愕するアルベルト様に対して、両手で自らの顔を覆って泣いていたはずのスレーナ様が、聞こえるか聞こえないかの微かな笑いを漏らした。


「……ふふふっ、ふふ、うふふ……」


 突然笑い出したスレーナ様を、みんなが気味悪く見つめると、突然スレーナ様が勝ち誇ったような顔でがばりと面を上げた。


「……うふふふふっ! どう? これで私は、王家の子を身籠みごもった女よ? そんな私を手荒に扱うなんて、許されると思っているの!?」


 うふふ、あははと狂ったように笑い続けるスレーナ様を、その場にいた全員がやや引き気味に見つめていた時だった。


「残念ながら――手荒に扱うかどうかは別ですが――貴女も捕らえさせていただきますよ。スレーナ嬢」

「お父様!」


 そう言って、新たに場に乱入して来たのは、まごうことなき私の父で。


「ルシェル。結婚おめでとう。……いや、こんなめでたい日に、こんな騒動を起こしてしまって、本当に申し訳ない」

「お父様……! どう言うことですか?」

 

 突然現れた父は、私を抱擁し、祝いの言葉を寿ことほぎながらも、今日の騒動について謝罪した。


「私はね、今日の結婚式での、アルベルト様のお目付役でもあったのだ」


 皇帝陛下には事前に話を通していたんだがね、と父が続ける。

 父の言葉に私がカイナス様に目線をむけると、


「まったく。花嫁の父にそんな役割を任せるグリンゼラス国王もどうかと思ったが。それ以上に、まさか本当に当日揉め事を起こすとは思わなかった」


 そう嘆息しながら、カイナス様が冷ややかにアルベルト様を見下ろす。


「本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、皇帝陛下。あとはこちらで引き取りますので」

 

 そう謝罪する父に「ああ、頼む」とカイナス様が声をかけた後。

 父は、おもむろにくるりと振り向き、牢に捉えられているアルベルト様に向かってこう言った。

 

「アルベルト・グリンゼラス王子。貴殿と、貴殿のお父上との約束通り、本日をもって王位継承権を剥奪するものとする」

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