第24話 【SIDEアルベルト】アルベルト、ようやくルシェルの真実の姿を知る 〜王太子剥奪カウントダウン〜

 オルテニア皇帝の結婚式当日。

 その日は早朝から支度し、普段ならまだゆっくりしている早い午前に皇宮へおもむき、「式の準備ができるまでお待ちください」と散々延々さんざんえんえん待たされた。


「……一体、いつまで待たせる気なのでしょう」


 スレーナがイライラとつま先を鳴らす。

 豪奢に着飾ったスレーナは相変わらず誰にも劣らない美しさをほこっていたが、最近はそれとは別にちょっとしたことでイライラすることが多く、その点で少し一緒にいるのが気鬱きうつだと感じることが増えていた。

 イライラとした空気に疲れてため息をつくと「アルベルト様……、アルベルト様は、イライラしている私にうんざりしているのでしょう!?」と涙交じりに当たり散らしてくる。

 自分だって好きでイライラしているわけではない。何だかよくわからないけれど自分でもどうしようもないのだ、と。

 そう言われて、私にどうしろというのだ、と本当にうんざりしたところで「準備ができたのでご移動をお願いします」と室外から声がかけられた。


 他も同様に移動を促されたらしく、各国から訪れた賓客たちが、ぞろぞろと礼拝堂に向かって移動する。

 そうして、案内された先に用意された場所へ辿り着くと――。


「は……? 我々はこんな末席に座らされるのか?」


 帝国の属国や、友好国が最前列に座していく中、我々に用意されたのは、最後列の正に末席としか言いようのない場所であった。


「ちょっと……! わたくしたちは皇妃様の母国からお祝いしにきたのよ? それがなんでこんな席なのよ!」


 席を見たスレーナも「納得がいかないわ!」と被せて案内係に抗議する。


「し、しかし……、座席表にはそのように指示がありますので……」

「お前じゃ埒が明かない。責任者を連れて来い!」


 ぐずぐずと言い訳をして話の進まない案内係を叱咤すると、「はっ、はい……!」と言って慌てて責任者を呼びにいく。

 

「なんなの? 私たちへの嫌がらせかしら……」

 

 スレーナと二人、不満を募らせながら責任者が現れるのを待っていると、しばらくして聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「お待たせしました。と、おやおや……」


 声が聞こえてきた方に向かって振り向くと、そこには、先日買い物中に出会った妙な男が立っていた。


「誰かと思えば、君かあ」


 相変わらず軽い調子で喋るその男は、帝国軍の正装と思われる服を見に纏い、胸には勲章のようなものをジャラジャラとぶら下げていた。


「あ、自己紹介がまだだったか。帝国軍総帥、ノルン・クラウディスと申します。ようこそお越しくださいました、グリンゼラス王国王子殿下」


 ――総帥?

 この優男が?

 

「えー、で? あ、そうそう、座席についてか」


 ぽん、と、いかにも今思い出しましたとでもいうように、ノルンと名乗った男が、ポンと自分の手のひらを叩く。


「座席はね、申し訳ないんだけれども、変えられないんですよ。これって我々側――というよりは、我々の主君の配慮なんで」

「配慮?」

「そりゃーそうでしょ? 花嫁の元婚約者と、その婚約者を寝取った女が列席してるなんて、体裁が悪いったらありゃしない。それが堂々と最前列でなんて並んでたら、事情を知ってる諸外国からしたら恥知らずだって後ろ指刺されても仕方ないじゃないか」


 それでも、列席を断らなかったのは、帝国の寛大さを示すためでもあり、我々に挽回のチャンスを与えるためなのだと、男はいう。


「挽回とは?」

「挽回って言い方はちょっと違ったかな? どちらかというと、君らがちゃんと大人しくここで二人を祝福して帰れるかを見定められてるんだな」


 場を弁えて行動ができるようならば、今回についてはお咎めなし。

 そうでなければ――?


 すなわち、我々は信頼がないが故に末席に席を置かれ、何かあった時にもすぐ対応ができるよう、警備のものが近くに置かれている、ということなのだそうだ。


「本当は、僕が呼ばれた時点でもう減点なんだけどね。まあでも、今回は大目に見ておくよ」


 母国からの出席者がいない、というのも、皇妃様にとってはあまり体裁が良いものではないしね、と。

 だから、文句を言わずに黙って座っておけ――、というのがとどのつまりの回答らしい。


「……」


 不愉快極まりないが、かと言って帰るわけにもいかない。

 つつがなく式に参列し、外交の役割を果たして戻る、というのが父との約束なのだ。

 黙って席に座り、それでもまだ不服そうな顔をしているスレーナにも大人しく座るよう目線で促す。


「わかってもらえたみたいで何よりだよ。おっと、じゃあそろそろ式が始まるから、僕も行かなければ」


 そう言って、ノルンという男は足速に去っていった。


 それから、またしばらくの間。

 鬱屈した気持ちを抱えながら皇帝と皇妃の登場を待つ。

 スレーナも、イライラとした空気は醸し出しているが、とりあえずのところは何も言わずに黙って待っていた。


 そこに。

 にわかに、会場がざわめきたった。


 皇帝が現れたのだ。


 荘厳な音楽が流れ出し、礼拝堂の正面の大扉から現れた皇帝が、堂々とした立ち居振る舞いで、壇上に向かって進んでいく。

 やがて、壇上にたどり着き、大司教の祝福を受けると、再び大扉に向かって待ち受けるように体を向ける。


 ――来る。


 再び盛り上がる音楽と共に、正面の大扉がゆっくりと開かれていく。

 待ち受ける皇帝の目線の先には――皇妃の姿だ。


 純白のドレスに、赤いベルベットのマントを羽織った花嫁が、ゆっくりと皇帝に向かって歩みを進める。

 ――最初は、馬子にも衣装だと鷹を括っていた。

 遠目で顔はよく見えなかったし、多少なりとも化粧で底上げされているんだろうと。


 しかし、花嫁が皇帝の元に辿り着き、ちょうど顔をこちら側に向け、ヴェールが上がった瞬間。

 思わず、我が目を疑った。


 は?

 え?

 あれが、ルシェル?

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