第9話 ルシェル、国境を越えて転移門を使う

「昼前には国境を超えて帝国領内に入る。そうしたらそこで昼食を取り、その後転移門で帝都に飛ぶ」


 翌朝、朝食の席でカイナス様が今日の予定を教えてくれた。

 

 ちなみに、昨夜泊まったこの屋敷は、カイナス様の知り合いの別邸とのことで。

 屋敷の主人に挨拶をしなくてもいいのかと尋ねたら、主人は今は不在だから大丈夫だと教えてもらった。


「転移門……」

「転移門を使うのは初めてか?」

「はい。話には聞いていましたが、実際に見るのも初めてです」


 グリンゼラスよりも広大な土地を治める帝国は、領土内でも頻繁に転移門が使われているらしい。

 異例のスピードで領土を拡大し、その分迅速な情報伝達が必要となったために採用されたのだという。

 そして、それを施工したのもこの目の前の皇帝だ。

 

 一方グリンゼラスにも、帝国程ではないが転移門は存在する。

 しかし、帝国と違って術者や資源を潤沢に備えられていないグリンゼラスでは、転移門の使用に準備を要する時間があれば、早駆けの馬か伝書鳩の方が先に情報伝達できてしまうため、実際に使われることがあまりないという実情だった。

 なので私は、自分が転移門を使うのも初めてだし、使われるところを見たことさえ今までなかったのだ。


「なんだ。楽しみなのか?」

「……わかります?」


 自分では抑えていたつもりだが、期待が顔に出てしまっていたのだろうか。


「まあ、わからんでもない。俺も、初めてあれを使った時は一体どうなっているのだと興味を抱いたからな」

 

 いまはもうすっかり慣れてしまったが、とカイナス様は苦笑する。

 

「帝国は、魔道具も発達していると聞きます。それを見るのも楽しみです」


 もともと優秀な術者を多く抱える国ではあったが、戦争によって取り込んだ国から技術を得たことにより、更なる発展を遂げていると聞いた。


「魔道具に関心があるのか?」

「はい。最近屋敷内を、蝋燭が無くても室内を照らせる、照明装置に置き換えたんです。すごい技術だなと思いました」


 燃えうつる心配がないので安全だし、使用人たちも明るくて便利だと口を揃えて言っていた。

 他にも、離れた場所でも会話できる装置や、火を起こさなくてもお湯を沸かせる装置があるらしい。


「ライトか。そういえば使われていたな」

「お父様に提案して、付け替えてもらいました。」


 もちろん、ただおねだりしたわけではない。

 付け替えの導入費用と維持費を算出して、長期的にどちらが経済的かと言う根拠や、付け替えた上でのメリット・デメリットを資料にまとめ、ちゃんとプレゼンをしたのだ。

 

「実際に使ってみて、手間もリスクも少なく済むので、室内だけで無く、領地内の街灯にも使えないかと」

「エーデルワイス領には街灯があるのか」

「ええ。王都に街灯を導入したのも父ですから」


 と言いつつ、実際に立案し実行計画を立てたのは私なのだけれど。

 王都での犯罪対策が議題にあがったとき、「暗いから犯罪が起こりやすくなるのでは? いっそ街ごと照らしてしまえばいいんじゃない?」と思ったのだ。

 しかし、当時私は14歳。

 流石に私が表立ってどうこうするわけにはいかなかったので、父の名で計画を立ち上げ、私が裏で暗躍した――というのが実際の話である。

 そうして、王都は街中に街灯が灯るようになり、犯罪数も減ったのであった。


「帝都はちょうど今年、魔道具で作った街灯を設置したところだ。お父上と詳しく話ができればよかったな」


 私の話を聞いたカイナス様が、残念だ、と漏らす。

 

 なんと。

 既に導入済みとは……。

 さすが先進国、基盤整備の対応も早い。

 到着したら早々に確認して、お父様にも報告しよう――、と独りごちる私なのであった。


 しかし、こうして色々話していると、やっぱり私のこの選択はベストチョイスだったのでは! と言う気がしてきた。

 私が帝国に嫁ぐことで、カイナス様も喜び、私も助かり、実家にも貢献できる。

 ウィン、ウィン、ウィンではないか!

 アクシデントからの土壇場からの現状とは思えないくらい、ピースがぴたりとはまった気がした。

 ……なんだか、段々帝国に行くのが楽しみになってきた。


 まずは、転移門だ。


 私は、わくわくする気持ちを押し隠しながら朝食を終え、出立の準備をし、再び、帝国領内へと向かう馬車に乗り込んだのだった。


 ――

 

 そうして、国境を越え帝国領内へと入り。

 程なくしてたどり着いた先に、それはあった。


 ――転移門。


 門、と言うのだから、てっきり屋外にどどんと据えられているのだと思っていた。

 だけど、実際に案内されたのは、こぢんまりとした礼拝堂のような建物だった。


「この中に……?」

「ああ」

「てっきりもっと、大部隊でも送れるような大門があるのかと思っていました」


 私の問いかけに「そう出来ればいいんだがな」とカイナス様が苦笑する。

 現状、せいぜい一度に送れるのは三、四人程度で、それ以上の質量を送れるだけの魔力源も技術も足りていないのだそうだ。


「だから今回は、俺と、ルシェルと、側近のエドガーの三人で行く。残りの者は後追いで転移してくる者と、陸路で来る部隊に別れる」


 道中の積荷があるため、どうしても全員が転移門を使うのは難しいのだ、と説明してくれた。


 そうしてカイナス様は、転移門――実際にはそれは、床に描かれた魔法陣だったが――に向かって歩み出し、立ち止まったかと思えばくるりとこちらに向き直り、私に手を差し出してから言った。


「ここを過ぎれば帝都に着く。そうすると、もう後戻りはできないが――」


 後悔はないか? と、カイナス様が私に尋ねてくる。


 それを見て。

 私は笑った。


「そんな、自信満々な顔で言われても。説得力ありませんよ」


 だって、カイナス様の顔には『絶対に後悔させない』とありありと描いてあったのだから。


「そうか?」

「そうですよ」


 そう言って、私はカイナス様の手を取る。


「ルシェル。俺は君に――、この選択を選んだことを良かったと思えるよう、全力で努力をしよう」


 私を幸せにすると約束する、と。

 そう言って、カイナス様は私の手を強く握った。


 転移門が輝き出す。

 もうすぐ、帝都に転移されるのだ。

 不安が全くないといえば嘘になる。

 でも、きっと大丈夫。

 握られた手から伝わる熱を感じて、私はそう思った。

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