エピソード26

 鬼の形相でライフルを構えていたアンデルセンが唖然とした表情を浮かべて銃を下ろした。三人目の男は墓場に埋葬されたはずのスティーブ・ハインリッヒだったようだ。ウィンチ・ハインリッヒは偽名だったのだろうか。十年前にまだ生まれていない王子の味方をした三人の政治家のうちの一人が生きていた。

「これは、これはアンデルセン騎士団長。久しく見ないうちに随分老け込みましたね」

「貴様の死骸を見ていないゆえ疑うことはしないが。地下に潜っていたのか?」

 マンホールの穴を囲んで、四つある裏通りにそれぞれが背を向ける形で向き合った。エクソシズムインセンスのダージリン・ニルギル。アンデルセン騎士団長。そして無線の男ベルバトール・ユーズ、メイス軍曹。現在、真の革命家のリーダーとして君臨する、死んだはずの男、スティーブ・ハインリッヒ。

「俺はエクソシズムインセンスのダージリン・ニルギルだ。君はウィンチ・ハインリッヒと呼ばれているが本当にスティーブ・ハインリッヒなのか?」

「その通りだ。君が霊体から王子を守ったことも聞いたよ。さらに王子の身を隠して行方不明になったという偽の情報を流すことを指示したことも知っている。見事な仕事ぶりだな。霊払いを行う連中は戦って稼ぐばかりでボディーガードには向かないと思っていたが王族やレジスタンスのような特別な立場にいる人間と協力することにも長けているのではないか」

「そんなことはない、この状況には十分困惑しているよ。だが君の同僚のモナ・バートンは十年経ってから突然発霊している。俺の故郷はジャーマネシアのベルリだ。三年ほど前にあの国で起きた戦争自体が消滅したことは知っているだろう。君たちが敵対しているポールド王の側近に席を置くエクソシストたちは禁忌を犯している。その現状を鑑みたときに人為的な霊体の操作が可能ならこの世に特殊な霊を生み出すことは可能だと、そう判断しただけだ」

 レジスタンスのボスはニコリと笑った。どうやらこの男は何かを知っているようだ。サングラスをかけ直して鼻から息を吐いた。

「どうやら君とは利害が一致しそうだな。ヴェイプフェンサーのダージリン・ニルギルといったな。今ベルリ東西の軍隊を消した化け物を特殊な霊と言ったが。それは戦争を止めるために在ると思うかい、それとも戦争を始めるために在ると言ったらどうだい。どちらだと思う」

 十五秒ほどの沈黙が流れた。故郷の同胞たちを消し去った霊が戦争を止めるためかあるいは始めるために存在していた。どちらも考えたことがなかった。戦争が生み出した地獄が怨念を集合して巨大な霊体を作り出したのではなかったのか?まだ始まったばかりの旅の道でたどり着くべき解答がすぐそこにあるのかもしれない。

「どちらかはわからない。だがその答えをしるためなら王子の護衛くらいやってやるさ。一体この国のエクソシストたちは何をしているのだ?首が腫れる感染症はなんのために起きた」

 ヒュウと不快な口笛を吹いたスティーブは腕を組んだ。

「モナは王子のために体を売ったのだ。死ななければルミナール・ロバートの伴侶になっていた可能性だってあった。感染症についてはわからない」

「占い師は何を言ったのだ。まだ王妃の腹の中にいる王子のためになぜそこまでできる。時期尚早が過ぎないか?」

「占い師が言ったことは占いに過ぎない。あの婆さんが国会で放った言葉が俺たちの心に火をつけたのは確かだ。単刀直入にいうぞ」

「この国のエクソシストたちは霊を生み出すための人体実験をしている。テロリストとして捕縛された民衆もエクソシストたちを嫌う政治家もそうだ。王が死んだときに跡を継ぐ可能性がある血筋のものたちも実験の道具になっている。悔恨を持った遺体が発霊するまでには数年間の期間がある理由は死ぬ前に特別な拷問を行なって人為的な悔恨を植え付けるらしい。この情報は無線の盗聴で入手している。ひどい拷問の様子を捉えた音声の一部始終からそう判断したに過ぎないのだが」

「俺たちにはエクソシストの知識がない。ヴェイプフェンサーの君はどう思う?」

「正直にいうが、拷問したものが対象者に対して作為的に悔恨を植え付けたとしても発霊するタイミングを調整することはできないはずだ。発霊する瞬間を記録しているのか?そうでなければ君たちレジスタンスはこの世に霊がいることすら知らないはずだ」

 頷いたスティーブはアンデルセン騎士団長を伺っている。

「その通りだ。ちなみにアデル王子は教会で発霊する霊体とインビジブルマーダーシーンを見たことがあるはずだ。発霊した霊体はその場で霊払いされている。このことは王側にいるレジスタンスの密偵が目撃している」

 アンデルセンは冷静な面持ちでスティーブの視線に答えた。

「なんだアデル様をこの場所に連れてこいと言っているのか?その話は聞いたことがある。アデル様が生まれて初めて人前で泣いたからな。忘れることはない。それ以降アデル様は笑う事はあっても怒ったり泣いたりする事は無くなった」

「話に割って入るのを許してほしい。アデル王子と王室に紛れた密偵は何かを見ていなかったか?たとえば遺体を地面に配置して陣を描いて儀式をするだとか遺体に死ぬ前の拷問と同じ仕打ちをするだとか。そう言った事は起きていないのか」

「密偵が言うにはエクソシストたちは十字架を遺体に刺したと話していた」

「アデル様も同じことを言っていたよ。そのあと黒い霧が教会を覆い尽くす前にルミナール・ロバートが太い束になったお香を投げてから、霊体にもう一度十字架を刺したとも言っていた」

「もしかすると奴らは霊体がこの世に残す悔恨を人為的に創造することと降霊術を組み合わせているのかもしれないな。その時の人為的な発霊の際に利用された遺体は誰のものだったのかがわかるか」

「いや俺は王子が話したことを聞いただけだからわからない」

「君は知っているのか、スティーブ」

 片手で顔を覆ったレジスタンスのリーダーは舌打ちをした。

「降霊会ということになるな。霊体となったのは俺の同僚のローネル・ウィンチだったようだ。全くひどいものだな。俺はクソッタレのロバートのオモチャにされるくらいだったら自害するね」

「スティーブ、君は霊体が戦争で利用されると言っていたがそれは何の情報で判断したのだ」

「霊には詳しくないのは確かだ。だがルミナール・ロバートが何をしようとしているのかは知っている」

 スティーブがツナギの胸ポケットから取り出したのは見慣れないデザインの小型の蓄音機だった。赤と白のボーダーがあしらわれたプラスチックのそれは亜細亜帝国のそれだった。スティーブは表にある三角の再生ボタンを押した。ノイズと共に低い声が再生された。

「バチカンなど腐った老人の集まりにすぎません。霊体をコントロールすることができれば兵力で他国に劣るポールド王国は逆転することができるでしょう。閣下。私たちは必ずやヒステラー将軍がベルリに産み落とした霊をこの国で再現いたします。そしてその霊はこの国を消滅させることはないでしょう。我らの力があればボグトゥナを自由に使役することができることになります」

「ロバート司教、その名前は口にしては行けません」

「うるさいぞ。盗聴などしているレジスタンスなどはおらぬ」

「そんなことは当たり前だ、ロバート。国連と縁を切ったヒステラーの消息は不明だが奴もまだ実験の途中なのだ、先を越されているではないか。いや我らが後を追っていることは仕方がない。ともかく国民がいなければ戦争で勝つ意味はない。チェスの駒を乗せている盤が国民なのだ。戦争は指で摘んだ駒を投げてぶつけあうゲームではないのだぞ。あと何年かかる。まだ数人が霊体になっただけではないか、さっさと成果を上げなければ生意気なアデルが大人になってしまうぞ」

 ブツブツとしたノイズが起きてすぐに蓄音機は記録のないテープリボンを撫でた。アンデルセンが顔を真っ赤にして火を吹いた。

「おのれルミナール・ロバート!殺してやる。ハルベルク閣下も落ちたものだな。自らの国民を捨てた悪鬼と呼ばれたヒステラー将軍を見本にして国を立て直そうとしていたとは!王子を殺そうとしていたのは本当だったのか」

「ルミナール・ロバートを殺害すること、それがこの国の問題を簡単に解決することができるのは確かだ。ヒステラー将軍か…久しく聞いていない名だ。遠い場所にいた俺の上官であるが、関わりはなかった」

 沈黙していたベルバトールとメイス軍曹が顔を見合わせた。

「ルミナール・ロバートを殺す。可能だろうか。この国の癌細胞を切除する」

「この証拠を民衆に突きつけるのを急ぐべきだ。王子の襲撃があったんだぞ。ラジオ局と新聞社の人間と無線でコンタクトをとるべきじゃないか」

 ここにいる五人の中で最も多く情報を握っているスティーブがツナギの袖を捲って腕時計を見た。

「エクソシスト達が腐り切っていたとしてもこの国のために行動していることに変わりはない。戦争で勝つ。この国の経済が大きくなるきっかけがあるのであれば霊の力を借りた方が良いと考える民衆も多いはずだ。ラジオで真実を暴露するだけでは王子の安全を守ることはできない」

 バチカンは巨大な霊体「ボグトゥナ」の存在を認知している可能性が高い。バチカンの連中がボグトゥナに対して否定的な見解を持っているのかは不明だ。

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