エピソード14  王子生誕祭前 12/22 

「そういえば君は、いや違うなニル殿は健康的な顔色をしている。俺が国会議事堂で見かけたエクソシスト達は目元が黒ずんでいてげっそりと痩せていたな。彼らは霊払いをする仕事をしているのにも関わらずまるで霊に取り憑かれているかのようだった。君たちは相当な仕事をしているようだな」

「相当な仕事ね、身分の高いエクソシストなど聞いたことがないからな。大抵は武闘派の軍人として生きていくものが多い。別に霊の相手だけをしていれば良いというものでもないからな。ベルリ地域の消滅後の世界は落ち着いてはいるが戦争が起こせない分だけ影では争い事が起きているわけだ。ヨーロン地方で闘技場文化が栄えている理由もその一つだからな。人間は争いごとを好む。相当な仕事ということだが君が見たエクソシスト達が何をしているか、わかる範囲で答えてほしい。もちろん小型の蓄音機などは今持っていないから。知っている分だけでいい。軍曹の身分が危うくなるようなことは口外しないさ」

 製造過程の湯上がりのチーズが入った袋口のような皺くちゃの顔がさらに歪んだ。腕を組んでいるメイス軍曹の胸ポケットにはタバコの箱が入っている。

「タバコを吸うとしよう。ニル殿のタバコはジャーマネシア製のようだな。俺たちの国で手に入るタバコでもよければ分けてやろう」

「それはありがたいな、ここで話せる範囲でいい」

 メイス軍曹は換気のできない部屋にも関わらずタバコを取り出して一本咥えた。

「ほらニル殿の分だ」と言った軍曹は胸ポケットから一箱抜き出して腕を伸ばしたそれを受け取ってから箱を見ると銘柄はラッキーアメロスタだった。「アメロスタ製かい?珍しいものだな」と答えると。「タバコだけはいいものにしたいのでね」と返事があった。どうやらライターもアメロスタ製のジッポーのようだ。

「君の話にも通じる部分があるのだがベルリの戦争の十二年ほど前からキリシテ教会がポールド王国の王族と関わるようになった。それからというものの王族の血統は細くなり、国の権力者達もキリシテと関わらなければ自然消滅するときたものだ。君が霊払いを行なった場合。霊になる前の人間が墓にいたということになるよな」

「発霊したのはモナ・バートン。隣に埋まっていた二人は天国か地獄に行ったようだ」

 久しぶりに聞いたライターの甲高い着火音がすると香ばしいトーストのような香りが聴取部屋に広がった。

「あの女は、キリシテの司祭であるアドロフ・マルフォイとかいう男と肉体関係があったらしい。エクソシストの連中とは関係はないがあの女が死んだ時にこの街では感染症が流行したんだ」

 霊体の証言では生前のモナと肉体関係があったのはポールド宣教会の長であるルミナール・ロバートだったはずだ。この場合霊と街の人々が語る証言との食い違いが生じることになる。

「なるほどな、過去の情報を調べるために看守の連中に使いを頼んだのだがその時の新聞には感染症などと言った言葉は一切書かれていなかった。感染症の流行は街の人達しか知らない情報だったということになるな」

 タバコに火をつけたメイス軍曹は聴取部屋のドアを開けて外を見た。「お前らは朝飯でも食って来い」そう言ってポケットからコインを取り出してドアの隙間に突っ込んだ。

「そういえばそうだったな。新聞やラジオでは全く報道がなかったが。おそらく数千人は首が腫れる病に犯されていた。俺の家族は感染しなかったのだが。その感染症の拡大をおさめたのがエクソシストだった」

「霊が原因で首が腫れたということか。こちらの調べでは牛も感染したと聞いているが」

 「牛のことなど知らない」被りを振ったメイス軍曹はタバコの煙を深く吸い込んで吐いた。肺に溜まった不安と恐怖が入り混じった灰の匂いが鼻腔をついた。

「彼らは霊払いではなくてワクチンを配った」

「なるほどね、まさか祈りを込めた聖水などではあるまいな」

「まさか、ワクチンは君が所持していた香水のようなものだったと聞いている。君は旅をしている最中、怪我や病気になった時にアレを使うことはないのか?」

 人里離れた場所ではまず、怪我や病気をする前に葬送香やカモフラグランスを使って瘴気やカビ、防虫対策をしているのは確かだ。それは本来、霊を避けるために行うことであり不安定な気候の中である旅の中で健康を維持できることに繋がっていることは副産物とも言える。もし感染症対策のためのワクチンとしてエクソシストが使う香水を使ったのだとしたら使用方法としてはかなり強引だ。

「そうか、優秀なエクソシスト達なのだな。なぜ報道機関が情報発信をしなかったのかは認識しているのか。もちろん噂程度の情報でも構わない」

「今日は十二月二十二日だ。感染症が流行した時期も十二月だった」

「王族の血を継ぐ王子の生誕祭が二十四日だな。ジャーマネシアもそうだった」

「おそらくは生誕祭前の街に混乱を起こさないようにするためにキリシテ宣教会の配備しているエクソシスト達が隠密かつ早急に事態を解決したのだろう、との噂だ」

「ならば君たちはこれから生誕祭パレードの警備の仕事があるわけだ」

「十歳になったアデル王子は無邪気な子供なのだが、父であるシュベルト王は少し変わり者でね。王族の持ちうる権利を独占しているようなのだ。だから報道機関や民衆が何一つ政治に介入できない状況が続いているわけだ。ここ十二年の間、民衆は王族の暮らしなど何一つ知らないときたものだ」

「生誕祭だけが王族と民衆が関われる唯一の機会なのか。警察の腕の見せ所だな」

 どうやら独裁政権が長いだけで国が人為的な発霊を行っているわけではなさそうだ。金を受け取ったら生誕祭を見物でもしてからこの街を去るとしよう。エクソシズムインセンスとして仕事をしているうちに何事も関連づけて疑う癖がついていたがこの案件は一区切りついた。ラッキーアメロスタの封を切って一息つこう。安心したヴェイプフェンサーがタバコを咥えて一服しようとした。だがメイス軍曹の表情から憂いが消えることはなかった。

「生誕祭のたびに反乱因子やレジスタンスを疑われる民衆のグループが現れる。今日は朝から摘発のために警察組織総動員で地下に潜るのだが。毎年同じ時期に同じタイミングで数人を逮捕しているのだよ。おかしいとは思わないかい?」

「彼らの姿を見ても悪人には見えないのだよ。去年逮捕した連中も『武器が突然家にあったんだ』と叫びっぱなしだったんだ。後味が悪いのだよ。彼らは殺人を犯したわけではないだろう?形式上はテロの準備をしていただけだ。聞いた話によると発霊をするのにはそれなりに罪がなければならないらしいな。彼らは墓に埋められることはないかもしれないがそれもわからないのだ。葬儀などがあるわけでもないし。霊になって化けて出るのではないかと不安になるのだが。そういうことも起こるものなのかねヴェイプフェンサーのニル殿」

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